ジミー・ウォーカー

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ジミー・ウォーカー
Jimmy Walker
James Walker NYWTS.jpg
生年月日 1881年6月19日
出生地 US flag 38 stars.svg アメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨーク市
没年月日 1946年11月18日(65歳)
死没地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨーク市
所属政党 民主党
配偶者 ジャネット・ウォーカー
ベティ・コンプトン

任期 1926年1月1日 - 1932年9月1日
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ジェームズ・ジョン・ウォーカー英語: James John Walker, 1881年6月19日 - 1946年11月18日}は、アメリカ合衆国政治家。1926年から32年までニューヨーク市長を務めた。汚職事件が元でやむを得ず辞職した。

生涯[編集]

アイルランド出身のウィリアム・ウォーカーの息子として生まれた。父ウィリアムはグリニッジ・ビレッジ選出の民主党市会議員であった。ウォーカーは貧困の中幼年期を過ごしたと偽って伝えられた。政界入りする前、ウォーカーは作曲家として収入を得、最も成功した曲は「Will You Love Me in December (as You Do in May)? 」であった。彼はザビエル高校およびニューヨーク法律大学院で学んだ。

ウォーカーは1910年から1914年までニューヨーク州下院議員を務め、1914年から1925年まではニューヨーク州上院議員を務めた。1923年から1924年までニューヨーク州上院仮議長を務めている。

1925年、民主党の予備選挙でアルフレッド・E・スミス知事とタマニー協会の助けを借り、1926年に現職のジョン・F・ハイランを破ってニューヨーク市長に当選する。当選初年度は多くの公共事業を実施し、順調な施政を行った。しかしながら、ウォーカーの任期は禁酒令の下違法な酒場が横行する時代として知られた。彼と「コーラスガール」の関係は広く知られ、ウォーカーは妻と別れショーガールのベティ・コンプトンとの交際を続けた。このことでも彼の人気が損なわれることは無かった。彼は地下鉄のストライキに脅かされたにもかかわらず、5セントの料金を維持することに成功した。

1929年の選挙では共和党のフィオレロ・ラガーディア社会党ノーマン・トーマスを破り圧倒的な差で再選を果たした。しかしながら1929年の大暴落で市政運営も下降していく。ニューヨークの大司教パトリック・ジョゼフ・ヘイズは彼を不道徳であり、「ヌード雑誌」とカジノを許容しているとして糾弾した。その糾弾には景気の失速の原因であったことが含まれていた。

社会不安が増加し、不正への調査が行われるようになった。そして彼は結局サミュエル・シーベリー判事を長とするシーベリー委員会での証言を強いられた。ウォーカーは収賄容疑で起訴されることとなった。

フランクリン・デラノ・ルーズベルト知事からの圧力に直面し、ウォーカーは1932年9月1日に市長を辞職した。そして刑事訴追の危険を逃れ直ちにヨーロッパに渡った。ウォーカーはヨーロッパでベティ・コンプトンと結婚した。

ウォーカーの墓石(ゲート・オブ・ヘヴン墓地)

ウォーカーは帰国後、マジェスティック・レコードの社長を務めた。1946年に65歳で死去し[2]ホーソーンのゲート・オブ・ヘヴン墓地に埋葬された。

ウォーカーはニューヨーク州上院議員時代にボクシングを合法化する「ウォーカー法」の成立に尽力した。彼はボクシング団体から幾度もの表彰を受けた。ウォーカーは国際ボクシング名誉の殿堂博物館入りしており、1945年にはエドワード・J・ニール・トロフィーを受賞している。

参照[編集]

外部リンク[編集]

議会
先代:
ジョン・イーグルトン
ニューヨーク州下院議員
ニューヨーク郡第5選挙区選出

1910年 - 1914年
次代:
モーリス・マクドナルド
議会
先代:
ジェームズ・マクレランド
ニューヨーク州上院議員
第13選挙区選出

1915年 - 1918年
次代:
ジョン・J・ボイラン
先代:
ジェイコブ・コーニック
ニューヨーク州上院議員
第12選挙区選出

1919年 - 1925年
次代:
エルマー・クイン
公職
先代:
ジェームズ・A・フォレイ
ニューヨーク州上院少数院内総務
1919年 - 1922年
次代:
クレイトン・R・ラスク
先代:
クレイトン・R・ラスク
ニューヨーク州上院仮議長
1923年 - 1924年
次代:
ジョン・ナイト
先代:
クレイトン・R・ラスク
ニューヨーク州上院少数院内総務
1925年
次代:
バーナード・ダウニング
先代:
ジョン・F・ハイラン
ニューヨーク市長
1926年 - 1932年
次代:
ジョセフ・V・マッキー
受賞
先代:
ベニー・レナード
エドワード・J・ニール・トロフィー
1945年
次代:
トニー・ゼール