ジェドエフラー

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ジェドエフラーの石像頭部。

ジェドエフラー(Djedefre、もしくはラージェデフとも、生没年不明)はエジプト第4王朝ファラオ(3代目)で、在位は紀元前2566年から紀元前2558年。(後にもっと長いことが判明)父はクフであり、母は不明。異母兄弟に4代目ファラオとなるカフラーがいる。

自らの名に初めて「サ・ラー」、つまりラー神の息子を入れた王名を名乗った。ジェドエフラーとは、「ラーのように不滅な存在」という意味を持つ。また、父王クフのピラミッド事業を引き継いで完成させたことと、そのクフの魂を送る方舟をつくらせたことが知られている。

ピラミッド・コンプレックス[編集]

ジェドエフラーのピラミッド跡

ジェドエフラーのピラミッド跡はギザから北7.5キロのアブ・ロアシュにある。在位期間が示すとおり短命であり、ピラミッド建造は着手し始めたところで頓挫し、ピラミッドの上部構造は未完成の状態だったとされてきた。が、1995年のフランス・オリエント考古学研究所とジュネーヴ大学の合同調査隊による発掘や調査により、上部構造だけでなくピラミッド・コンプレックス(ピラミッド複合体)も在命中に完成しており、死後も長期に渡って神殿として機能していたことが分かった。また、在位期間も20年以上あったことが判明した。

発掘されている下部構造から、そのピラミッドの構造はクフのピラミッドとは異なり、エジプト第3王朝のピラミッドのように先に玄室をつくり、その上に建築する手法をとっている。ピラミッド自体はメンカウラー王のものとほぼ同じ大きさであったことが判明し、高台に建てたことで全体的な高さとしてはクフ王のものより高いピラミッドであったようだ。花崗岩で底辺部を覆った大変美しいピラミッドだったと推測されている。

現在、跡形もなく破壊されているのは出土品からローマ軍による破壊によるものと考えられている。

ジェドエフラーの遺跡の発掘が行われたのは1907年フランス隊による調査であり、王の石像の頭部の他、その息子セトカの小さな坐像、王妃とともにある王の像(の下部のみ現存)が発掘され、いずれもルーブル美術館に蔵められている。

参考文献[編集]

  • ピーター・クレイトン『ファラオ歴代誌』吉村作治監修、藤沢邦子訳、創元社(1999年)
先代:
クフ
古代エジプト王
23代
紀元前2566年-紀元前2558年
次代:
カフラー
先代:
クフ
エジプト第4王朝
3代
紀元前2566年-紀元前2558年
次代:
カフラー