ジェイソン・ドノヴァン

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Jason Donovan
ジェイソン・ドノヴァン
Jason Donovan 2007-12-14.jpg
基本情報
出生名 Jason Sean Donovan
出生 1968年7月1日
出身地 オーストラリアの旗 オーストラリア ビクトリア州メルボルン
職業 歌手俳優
活動期間 1979年 -
共同作業者 ストック・エイトキン・ウォーターマン
ジェイソン・ドノヴァン(2007年)

ジェイソン・ドノヴァン(Jason Sean Donovan, 1968年7月1日 -)はオーストラリアメルボルン出身の歌手及び俳優である。

略歴[編集]

ジェイソン・ドノヴァンは、メルボルンの都心から南東へ8km離れたマルバーン地区の出身。「ショーン」というミドルネームのとおりアイルランド系で、父親は俳優でイングランド生まれのテレンス・ドノヴァン。母親はイギリスやオーストラリアで女優として活躍したスー・マッキントッシュである。彼の両親は1973年に離婚したが、母親は後に別の男性と再婚し、父親違いの妹であるステファニー・マッキントッシュも女優という芸能一家の出である。

11歳となった1979年、オーストラリアのテレビシリーズ“Skyways”で子役としてデビュー。番組中では同じく子役出身であるカイリー・ミノーグと共演することもあった。その後も順調に活動し、1987年には同国の芸能雑誌“TV Week”による「ロギー賞(将来有望な芸能人に対する部門)」に輝く。1988年ストック・エイトキン・ウォーターマンによるプロデュースで歌手デビューしたが、デビュー曲の"Nothing Can Divide Us"がいきなり全英5位、日本の洋楽チャートでは1位に輝くなど、華々しいスタートを切る。さらに2枚目のシングルである"Too Many Broken Hearts"が全英1位となり、1989年にはデビューアルバムである"Ten Good Reasons"が3週連続で全英1位の売り上げとなった。ほぼ同時期にカイリー・ミノーグもイギリスに拠点を移して、日本でも知られるヒット曲を連発するなど活躍していたが、 "Especially for You"で幼馴染でもあるミノーグとのデュエットを実現させ、これが1989年の全英年間売上第4位となる。1990年代前半までヒット曲が続き、80年代後半から90年代前半を代表するアーティストのひとりとなった。

歌手としての華々しい活動の傍ら、母国オーストラリアでは俳優業にも精を出し、1990年には2度目のロギー賞(短編部門)を受賞。同年、太平洋戦争を扱った“Blood Oath”で映画初出演を果たす。

しかし順風満帆だった芸能活動も、1992年にイギリスの月刊誌"The Face"に「同性愛者」であると報じられたことから裁判沙汰となり、勝訴したものの、その過程で「同性愛者を差別している」と報じられたことなどから人気は下り坂となり、さらに薬物にも手を染め、すっかり暗転してしまう。

その後、薬物依存を克服し家庭を持ち、現在では歌手やミュージカル俳優などとして、母国やイギリスで芸能活動を続けている。

その他[編集]

日本では1994年テレビ映画最後の弾丸」に主役の1人として出演。

ディスコグラフィ[編集]

シングル[編集]

  • "Nothing Can Divide Us"(1988年9月)
  • "Especially for You" (1988年11月) (カイリー・ミノーグとのデュエット曲)
  • "Too Many Broken Hearts" (1989年2月)
  • "Sealed With a Kiss"(1989年5月)
  • "Any Dream Will Do"(1991年6月)ほか

アルバム[編集]

  • "Ten Good Reasons"(1989年5月)ほか

外部リンク[編集]