シモン・パティーニョ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
シモン・パティーニョ
Simón Iturri Patiño
生誕 1862年1月1日
死没 1947年4月20日
ブエノスアイレス
職業 実業家
テンプレートを表示

シモン・パティーニョSimón Iturri Patiño1862年1月1日 - 1947年4月20日)は、ボリビア実業家。生前には世界三大富豪の一人とされ、で富を築いたことから「錫男爵」と呼ばれた。

コチャバンバで貧しいメスティソの職人の子として生まれ、中等教育を受けた後、ボリビア各地の鉱山で働き鉱山業を学ぶ。1894年オルロワヌニ鉱山スズの鉱脈を当て1924年までに国内生産の5割を保有し、ヨーロッパにおけるスズ精錬業も支配する財閥を築き上げた。

またその富を守るため同じく形成された二つの鉱山業の新興財閥とともに自由党に肩入れして銀鉱山主に支援された保守党に対抗している。しかし、メスティソだったため本国の白人の上流階級には受け入れてもらえなかった。そのためアメリカ、ヨーロッパに渡り外交官のような役割を果たすようになり、1924年に一時帰国したとき以外、後半生は外国で生活した。1947年ブエノスアイレスで死去。死後もパティーニョ財閥は、3大鉱業財閥と一つとして1952年ボリビア革命まで錫鉱業を支配した。

外部リンク[編集]