サルッツォ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
サルッツォ
Saluzzo
サルッツォの風景
行政
イタリア国旗 イタリア
Flag of Piedmont.svg ピエモンテ
Blank.png クーネオ
CAP(郵便番号) 12037
市外局番 0175
ISTATコード 004203
識別コード H727
分離集落 Cervignasco, Via dei Romani
隣接コムーネ #隣接コムーネ参照
公式サイト リンク
人口
人口 16,934 [1](2012-01-01)
人口密度 223.5 人/km2
文化
住民の呼称 saluzzesi
守護聖人 San Chiaffredo
祝祭日 9月7日
地理
座標 北緯44度39分0秒 東経7度29分0秒 / 北緯44.65000度 東経7.48333度 / 44.65000; 7.48333座標: 北緯44度39分0秒 東経7度29分0秒 / 北緯44.65000度 東経7.48333度 / 44.65000; 7.48333
標高 340 (255 - 653) [2] m
面積 75.78 [3] km2
サルッツォの位置(イタリア内)
サルッツォ
サルッツォの位置
Flag of Italy.svg ポータル イタリア
テンプレートを表示

サルッツォイタリア語: Saluzzo)は、イタリア共和国ピエモンテ州クーネオ県にある、人口約1万7000人の基礎自治体コムーネ)。

地理[編集]

位置・広がり[編集]

サルッツォは、コーツィエ・アルプスの山モンヴィーゾの谷にある。

隣接コムーネ[編集]

隣接するコムーネは以下の通り。

クーネオ県概略図

歴史[編集]

侯国は1142年に、ボニファーチオ・ディ・サヴォーナ(Bonifacio di Savona)の息子、マンフレードによって始まり、1548年にフランスが侵略し独立が終わった。

1601年リヨン条約まで、サルッツォの領地はフランスサヴォイア公国の間で領土紛争が存在し、 最終的には領主のカルロ・エマヌエーレ1世が手に入れる事となった。

サルッツォ出身の有名人には、シルヴィオ・ペッリーコ(Silvio Pellico)、ジャンバッティスタ・ボドーニ(Giambattista Bodoni)がいる。

名所旧跡[編集]

サルッツォ大聖堂は、1491年から1501年に建設された。先の尖った正面の門と内部には三つの身廊を持つ。祭壇には16世紀テラコッタ製の像と1511年のマエストロ(Maestro)の三幅対祭壇画がある。

サン・ジョヴァンニ教会にはゴシックの美しい正面と二連窓の鐘楼がある。建設開始は1330年である。教会の中は交差ヴォールトにつながる柱がある。後陣は1504年で暗緑色の石で出来ている。

16世紀のカーザ・カヴァッサ(Casa Cavassa)は、今日、市立博物館になっていてシルヴィオ・ペッリーコの絵や家具などの遺物が置いてある。

トッレ・チヴィカ(torre civica)は1460年に建てられた。

写真集[編集]

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]