サフラ
| 州 | |
|---|---|
| 県 | バダホス県 |
| 面積 | 62.6km² |
| 標高 | 508m |
| 人口 | 16,014人(2007年) |
| 人口密度 | 255.81人/km² |
| 北緯38度25分00秒 西経6度25分00秒 / 北緯38.416667度 西経6.416667度 | |
サフラ (Zafra)は、スペイン、エストレマドゥーラ州、バダホス県の都市。
[編集] 歴史
カステリャ山脈の洞窟の中にピクトグラムが発見されていることから、先史時代から定住者がいたと推測されている。青銅器時代の砦が近郊のベレン礼拝堂で発見されている。
サフラ周辺地域では、伝説的なセゲダ(現在のサラゴサ)を思い出させる古代ローマの別荘が多くあり、これがサフラの町の元となった。
中世、サフラはセビーリャとバダホスの封土に二分される境に位置した。1030年、カステリャ山脈に防御的砦が築かれた。この砦は、1094年にムーア人の地理学者アブー・アブダッラー・アル=バクリによって『サイラ・アビ・ハッサン』(Sajra Abi Hassan)と名付けられていた。アラブ人たちは町をサフラ(Safra)またはカフラ(Cafra)と名付け、これが現在のサフラの名称へと発展した。
レコンキスタ時代、サフラは1229年にレオン王アルフォンソ9世によって解放されるが再びアラブ人に奪取され、最終的にフェルナンド3世が占領した。
最も記念すべき変化は、エンリケ3世がサフラをゴメス・スアレス・デ・フィゲロアへ授けたことで訪れた。ゴメスは王妃の侍従であり、サンティアゴ騎士団長の息子であった。ゴメスの子ロレンゾは、サフラを自分の封土フェリア(en)の中心地とした。彼は城壁を防衛目的で築き、近隣の自治体、商人、旅行者を保護した。建設は1449年まで続いた。1437年、ロレンゾは市で象徴となる建物エル・アルカサルを自邸として建設するよう命じた。加えて、ロレンゾはサンティアゴ騎士団の病院を興し、クラリサス・デ・サンタ・マリア・デル・バーレ修道院を、一族の霊廟とするために創建した。1460年、エンリケ4世はサフラを県と同地位の地区とし、ロレンゾにアルコネラとラ・モレラの村を封土として授けた。
16世紀と17世紀、市は近代化された。例として、アルカサルがオーストリア風に改造され、新たな教会が完成した。この近代化全てが、5代目のフェリア伯ゴメス3世・スアレス・デ・フィゲロアが、フェリペ2世時代に国に貢献した褒美に1567年にフェリア公に格上げされた時代に行われた。
17世紀、フェリア公領はプリエーゴ侯領と統合された。18世紀には、プリエーゴ侯領はメディナセリ公領にまとめられた。
サフラは、周辺の農業地帯に対して、常に工業と商業の都市である。商業の基盤は祭りで、1395年以来続く聖フアン祭、1453年以来の聖ミゲル祭が行われている。
[編集] 関連項目
- ルイ・ロペス・デ・セグラ - サフラ出身の著名なチェスプレーヤー。