ゲオルク・ベンダ

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ゲオルク・アントン・ベンダ

ゲオルク・アントン・ベンダGeorg Anton Benda, 1722年6月30日 スタレー・ベナートキー - 1795年11月6日 ケストリッツ)は、前古典派音楽を代表するチェコ系ドイツ人作曲家有名な音楽家一族の出身。チェコ語によってイジー・アントニーン・ベンダJiři Antonín Benda)とも表記される。 兄フランツ・ベンダによって1742年ポツダムに楽師として招かれるが、1750年に自らの意志でゴータに転出して宮廷楽長に就任した。ゴータ公より学資金を得てイタリアに留学。

とりわけ劇音楽の分野で成功を収め、メロドラマはモーツァルトに影響を与えた。器楽曲も遺している。主要な作品に以下のようなものがある。

イタリア語オペラ《 Xindo riconnosciuto》1765年
二重唱のためのメロドラマ《ナクソス島のアリアドネー Ariadne auf Naxos》1775年
二重唱のためのメロドラマ《メデア Medea》1775年
ジングシュピール《村の市場 Der Dorfjahrmarkt》1775年
ジングシュピール《ロミオとジュリエット Romeo und Julie》1776年
ジングシュピール《 Walder》1776年
二重唱のためのメロドラマ《ピュグマリオン Pygmalion''》1779年

息子のフリードリヒ・ルートヴィヒ(1752年1796年)は、ハンブルクメクレンブルクの音楽監督をつとめ、最後にケーニヒスベルクに楽長として転出した。