キヴィオリ

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キヴィオリ
—  町・自治体  —


紋章
キヴィオリの位置(エストニア内)
キヴィオリ
キヴィオリ
位置図
座標: 北緯59度21分 東経26度58分 / 北緯59.350度 東経26.967度 / 59.350; 26.967
エストニアの旗 エストニア
Ida-Virumaa lipp.svg イダ=ヴィル県
行政
 - 市長 ドミトリー・ドミトリエフ (中央党)
面積
 - 計 11.75km2 (4.5mi2)
人口 (2005)
 - 計 7,000人
 - 人口密度 595.7人/km² (1,543人/mi²)
等時帯 EET (UTC+2)
 - 夏時間 EEST (UTC+3)
ウェブサイト www.kivioli.ee

キヴィオリエストニア語: Kiviõli)は、エストニアイダ=ヴィル県に属す人口約7400人の町。基幹産業はオイルシェールで、町の名も元々は「油」という意味である。この産業に伴って生まれた標高115mと109mの「灰の山」はキヴィオリを一躍有名にした。この山は、人工の山としてはバルト三国最高峰を誇る。

地理[編集]

KüttejõuとVarinurmeの2地区から構成される。2000年の国勢調査では人口の51%がロシア人、39.4%がエストニア人であった。

歴史[編集]

1922年に設立され、1946年に町制が敷かれた。1957年から1991年にかけてはコフトラ・ヤルヴェに属していた。

第二次世界大戦時には「279, Kiviyli」というドイツ軍捕虜の収容所が建てられ、現在も残っている[1]。収容所には重病人を治療する戦争捕虜病院「1011」も併設されていた。

文化[編集]

2008年、2009年、2010年と三年連続でエストニアサイドカークロスグランプリが開かれている。

ギャラリー[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Maschke, Erich (Hrsg.): Zur Geschichte der deutschen Kriegsgefangenen des zweiten Weltkrieges. Verlag Ernst und Werner Gieseking, Bielefeld 1962-1977.

外部リンク[編集]

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