カルロ・ペドロッティ
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カルロ・ペドロッティ(Carlo Pedrotti, 1817年11月12日 - 1893年10月16日)は、イタリアの指揮者、作曲家、音楽教師。
略歴 [編集]
ボローニャに生まれる。作曲家ドメニコ・フォローニのもと研鑽をつみ、ヌオーヴォ劇場、フィラルモニコ劇場の指揮者を経、のちトリノ音楽院長、トリノレージョ劇場音楽監督をつとめた。レージョ劇場でのペドロッティの活躍は特筆すべきもので、30年にわたって同劇場にあり、スカラ座、フェニーチェ座の台頭により長期低落傾向にあった同劇場の水準を著しく向上させるとともに、ジャコモ・マイアベーア『アフリカの女』、フリードリヒ・フォン・フロトー『マルタまたはリッチモンドの市場』、アンブロワーズ・トマ『ミニョン』、ジュール・マスネ『ラオールの王』、カール・ゴルトマルク『シバの女王』、シャルル・グノー『サモラの貢ぎ物』や、ジョルジュ・ビゼー『カルメン』、リヒャルト・ワーグナー『ローエングリン』など、フランス、ドイツオペラの紹介にも尽力した。作曲家として、数点の歌劇を遺したが、それらがこんにち顧みられることは殆どない。音楽教師としては、フランチェスコ・タマーニョ、アレッサンドロ・ボンチ等を育てた。晩年は健康を害し、アディジェ川で入水自殺を遂げた。
作曲 [編集]
『皆で仮面をつけて』(1856年)
参考文献 [編集]
- Warrack, John and West, Ewan (1992), The Oxford Dictionary of Opera, p. 697, ISBN 0-19-869164-5
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