オリータ・アダムス
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| オリータ・アダムス | |
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左端がオリータ・アダムス
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| 基本情報 | |
| 出生名 | Oleta Adams |
| 出生 | 1953年5月4日(56歳) |
| 出身地 | |
| ジャンル | ゴスペル、ソウル、ポップ、ジャズ |
| 職業 | 歌手、ピアニスト |
| 担当楽器 | ボーカル, ピアノ |
| 活動期間 | 1980年 - 現在 |
| レーベル | Koch Records、マーキュリー |
| 共同作業者 | ティアーズ・フォー・フィアーズ |
| 公式サイト | http://www.oletaadams.com |
オリータ・アダムス(Oleta Adams)は、アメリカ人のソウル、ジャズ、ゴスペルを歌う女性シンガーにしてピアニスト。アダルトな楽曲を情感豊かなボーカルで歌うスタイルがトレードマークとなり、ジャジーでソウルフルな楽曲を数多く放っている。
目次 |
[編集] 来歴
[編集] デビュー以前
オリータは、伝導師の娘として生まれ、ゴスペル音楽と共に育てられた。若い頃に家族と一緒に、しばしば彼女の生誕地として紹介されるヤキマ(ワシントン)へ移り住んだ。1970年代には、カリフォルニア(ロサンゼルス)に移住し、デモ・テープの制作を行ったが、多くの音楽経営陣はディスコ音楽(すなわちオリータのスタイルでない)に興味があるばかりといった状況だった。彼女の歌のコーチであるリー・ファレルの助言により、彼女はカンザスシティへと移動して様々なローカル・ギグを行い始めた。1980年代初頭、オリータは2枚の自主制作アルバムを発表し音楽的キャリアをスタート。ごく限定的な成功を収めた。
[編集] ティアーズ・フォー・フィアーズとの共同制作
1985年、カンザスシティ(ミズーリ)のバーにてオリータのパフォーマンスを観たイギリスのポップ・バンド、ティアーズ・フォー・フィアーズ(以下、TFF)のローランド・オーザバルとカート・スミスによって彼女は見出されることとなった。彼らは次のアルバム『シーズ・オブ・ラヴ』の歌手としてバンドに加わるようオリータを誘ったのだ。
1989年には『シーズ・オブ・ラヴ』がリリースされ、シングル「ウーマン・イン・チェインズ」(オリータとローランドのデュエットとして歌われた)は彼女の最初のヒットとなった。1990年、TFFの世界ツアーにもサポート・メンバーとして同行し、ピアノとボーカルを披露した。
[編集] 1990年代
TFFとの仕事の後、オリータは彼らのレーベル、フォンタナとレコード契約を結び、1990年からソロ・キャリアを再開した。新しいアルバム『サークル・オブ・ワン』には共同プロデューサーとしてTFFのローランドが参加した。アルバムは多くの批評家の称賛を受け、ゆっくりとチャートを駆け上り、プレンダ・ラッセルのカバー「ゲット・ヒアー」がグラミー賞にノミネートしビッグ・ヒットとなる頃には、1991年のイギリスで1位を獲得した。1991年にはエルトン・ジョンとバーニー・トーピンのトリビュート・アルバム『トゥー・ルームス ~ エルトン・ジョン・ソングス』に参加。「僕の瞳に小さな太陽」をカバーし、イギリスでトップ40ヒットとなった。
次作アルバム『エヴォルーション』も商業的な成功を収め、イギリスでトップ10を獲得。1994年には初来日公演を行っている。1995年の『ムーヴィン・オン』では彼女のR&B指向が反映された作品となった。同年、TFFのアルバム『キングス・オブ・スペイン』では「Me And My Big Ideas」をデュエットするため、ローランドと再会を果たした。2年後にはキリスト教をテーマとしたゴスペル色の強いアルバム『Come Walk With Me』をリリースしている。1998年、フィル・コリンズが大編成でジャズを演奏したフィル・コリンズ・ビッグバンドに参加した。
[編集] 2000年代
2001年になるとリッキー・ピーターソン、ピーター・ウルフらをプロデューサーに迎えたアルバム『オール・ザ・ラヴ』をリリース。2004年には、TFFのカンザスシティ・コンサートにて特別ゲストとして「ウーマン・イン・チェインズ」を披露している。2006年、初めてのクリスマス・アルバムを発表。2008年1月に2度目の来日公演を開催。2009年には『Let's Stay Here』という宗教色の薄い新作アルバムを発表している。
[編集] 私生活
1994年に、オリータはカンザスシティのユナイテッドメソジスト教会で、ドラマーのジョン・カッションと結婚した。その教会にて彼らは日曜学校で教える間柄だった。彼らは1980年、オリータのデモテープ制作時に出会った。オリータは結婚に対する情熱を持っていなかったが、1994年1月17日に、ロサンゼルス地震に巻き込まれた際に、神からの啓示と解釈し、結婚を決意したという。
[編集] ディスコグラフィ
[編集] アルバム
- サークル・オブ・ワン - Circle of One (1990)
- エヴォルーション - Evolution (1993)
- ムーヴィン・オン - Moving On (1995)
- ベリー・ベスト・オブ・オリータ・アダムス - The Very Best of Oleta Adams (1996)
- Come Walk With Me (1997)
- オール・ザ・ラヴ - All the Love (2001)
- Ultimate Collection (2004)
- Christmas Time With Oleta (2006)
- Let's Stay Here (2009)

