エリーザベト・フォン・ポンメルン
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エリーザベト・フォン・ポンメルン(ドイツ語:Elisabeth von Pommern, 1347年 - 1393年4月15日)は、神聖ローマ皇帝カール4世の皇后。
ポメラニア公ボグスワフ5世(pl)とポーランド王女エルジュビェタ(カジミェシュ3世の子)の長女として生まれた。ポーランド語名はエルジュビェタ・ポモルスカ(Elżbieta Pomorska)。
1363年、クラクフで30歳以上年長のカール4世と結婚した。この結婚には同盟するポーランド・ハンガリー王ラヨシュ1世と共に、オーストリア大公ルドルフ4世の反ボヘミア派と対抗する目的があった。1363年、エリーザベトはプラハでボヘミア王妃として戴冠、1368年には神聖ローマ皇后として戴冠した。
野心的で健康であったというエリーザベトには、6人の子が生まれた。
- アンナ(1366年 - 1394年) - イングランド王リチャード2世妃
- ジギスムント(1368年 - 1437年) - ハンガリー王、のちボヘミア王、神聖ローマ皇帝
- ヨハン(1370年 - 1396年) - ゲルリッツ公
- カール(1372年、夭折)
- マルガレーテ(1373年 - 1410年) - ニュルンベルク城伯ヨハン3世妃
- ハインリヒ(1377年、夭折)
1378年に夫と死別後、継子にあたるヴェンツェルが即位した。エリーザベトはジギスムントとヨハンの2人の養育に取り組み、ジギスムントがハンガリー王位を獲得するのを支援した。
1393年、フラデツ・クラーロヴェーで死去、聖ヴィート大聖堂に眠る夫の横に埋葬された。
