ウラジミール・ペレイラ

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ウラジミール・ペレイラ
基本情報
本名 ウラジミール・ドス・サントス・ペレイラ
通称 Sertão
階級 フェザー級
身長 165cm
国籍 ブラジルの旗 ブラジル
誕生日 1974年11月15日(40歳)
出身地 バイーア州サルヴァドール
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 25
勝ち 24
KO勝ち 15
敗け 1
引き分け 0
無効試合 0
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ウラジミール・ペレイラValdemir Pereira 、男性、1974年11月15日 - )は、ブラジルプロボクサー。第18代IBF世界フェザー級王者。バイーア州サルヴァドール出身。アマチュア時代から強打で定評があり、フェザー級はアマチュアから一本でやっていた。当時ブラジルの国民的大スターだったアセリノ・フレイタスと並び人気を博した。打ちに行くスタイルだったため、アメリカでは特に東海岸で絶大な人気がある。ボディショットやフックでのKOが特徴であるがボディ打ちではよくローブローを取られるくらい強烈な威力がある。

概要[編集]

アマチュア時代の戦績は不明だが、ペレイラは当時からその右フックやボディショットに注目が集まるようになり、アマチュアのリングに上がる。デビューの階級はフェザー級。プロに転向後もそのまま階級を上げなかった。 アマチュア時代ペレイラは2000年シドニーオリンピックに出場。1回戦で地元オーストラリアのジェームス・スワンを破るものの、2回戦でグルジアのラマザン・パルヤニに敗れてメダルを逃した。試合後当初からプロ志向が高かったペレイラはそのままプロに転向。当時WBAWBO世界スーパーフェザー級スーパー王者アセリノ・フレイタスが統一王座になったことで、ペレイラは国内およびアメリカで絶大な人気があったアセリノ・フレイタスに憧れを持つようになった。

プロ時代[編集]

2001年3月6日、プロデビュー。当時から鳴り物入りで注目が高かったペレイラは最終4回にレフェリーストップを呼び込みデビュー戦を白星で飾った。

順調に勝ち進み、2002年2月26日、アルミア・フェルナンデス・デ・オリヴェリアが持つサンパウロフェザー級王者に挑戦。試合は距離を詰めてペレイラガ強打を炸裂させてペースを握り、最後は右ボディショットでレフェリーがカウントアウトにより王座獲得に成功した。

2002年8月3日、念願のアメリカデビュー。アリゾナ州にて、ロベルト・エンリケスと対戦し、4回1分29秒TKO勝ちを収めアメリカデビューを飾った。

2004年8月13日、カリフォルニア州ペチャンガ・リゾート&カジノにて、エマニュエル・ルセロと対戦。この試合でペレイラがプロ入り後初の苦戦を味わった。何度もルセロのパンチをもらって打ち合いでもストップ寸前まで追い詰められた。結果2-1(97-92、95-94、94-95)の僅差判定勝ちを収めた。最後の10回を取らなければルセロの勝利で薄氷の勝利だった。

2004年12月11日、パストロ・ウンベルト・マーティンとWBAフェデラテンフェザー級王座決定戦を行い、10回と最終12回にダウンを奪うなど開始から終盤までペレイラがペースを握り、3者とも14点差の120-106の大差判定勝ちで圧勝ともいえる完封で王座獲得に成功しこの試合でWBAでランカー入りを果たす。

2005年1月28日、ワシントンD.C.にて、ホワイビー・ガルシアとWBAフェデラテン王座の初防衛戦を行った。2回にペレイラがダウンを奪われてガルシアが先制。しかしペレイラが強打や打ち合いで盛り返し5回と10回にガルシアが減点をもらいペースを握り返した。結果3-0の大差判定勝ち。スコアが3人とも割れて115-110、117-109、117-108と2人が大差だったが、1人が5点差の僅差だったものの初防衛に成功した。

2006年1月20日、世界初挑戦。ファン・マヌエル・マルケスの王座剥奪に伴い空位になったIBF世界フェザー級王座を賭け、コネチカット州フォックスウッズ・リゾート・カジノにて、IBFパンパシフィックフェザー級王座を9度防衛したファークラポーブ・ラキアットジムと対戦した。ラキアットジムは4年前にマニー・パッキャオに挑戦して以来の4年振りの世界の舞台に立った。試合は60%以上のKO率を持つ両者の打ち合いで試合がスタート。的確にパンチを当ててペレイラがポイントを連取。10回にはローブローで減点をもらうもスコアに影響はなかった。結果3-0(3者とも118-108)と10点差の大差完封で王座獲得に成功した。この試合がラストチャンスと決めていたラキアットジムは引退を表明した。

2006年5月13日、ボストンTDガーデンにて、エリック・エイケンと初防衛戦を行った。序盤こそ偵察戦だったが、5回に右フックでエイケンからダウンを奪いペレイラが先制した。しかしその後6回7回とローブローで減点。スコアも0-1(65-65が2者、63-68)と引き分けで推移していった。その後8回にペレイラが右のボディショットを放つもローブロー。レフェリーがタイムをかけエイケンにしばらく休息を与えた。その後ジャッジ、レフェリーともに話し合いの結果ローブローが故意だったことが判明し試合はそのまま終了。結果8回1分37秒失格負けを喫し思わぬ形で初防衛に失敗し王座から陥落した。試合後現役を引退した。

獲得タイトル[編集]

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

空位
前タイトル保持者
ファン・マヌエル・マルケス
第18代IBF世界フェザー級王者

2006年1月20日 - 2006年5月13日

次王者
エリック・エイケン