ウィリアム・ペン (イングランド海軍)
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ウィリアム・ペン(Sir William Penn、1621年 - 1670年9月16日)は、イングランドの提督。フィラデルフィア市を建設したウィリアム・ペンの父親である。
第一次英蘭戦争でイングランド海軍に従軍し、ケンティッシュノックの戦い(1652年)、ポートランドの戦い、ガバードの戦い、シェヴェニンゲンの戦い(1653年)で戦隊を指揮した。
1655年艦隊を指揮してジャマイカを占領、イングランド領とした。
1660年の王政復古の際には戦列艦ネイズビー(同年にロイヤル・チャールズと改名)で、亡命中だったチャールズ2世をイングランドに迎え入れた。
第二次英蘭戦争では、王弟ヨーク公(後のジェームズ2世)の旗下、1665年のローウェストフトの戦いで艦隊長を務めた。
成人後のペンの生活は、隣人サミュエル・ピープスの日記から知ることができる。1660年、ペンはサミュエル・ピープスの同僚である海軍理事官に任命された。
ピープスとサンドイッチ伯(海軍理事局でのピープスの後援者)同様、ペンは王政復古で地位を守り通した「穏健な」議会派であった。
イングランド南西部出身のウィリアム・ペンはブリストルの聖メアリ・レドクリフ教会に埋葬されている。舵の柄と甲冑は、戦闘で捕獲したボロボロになったオランダ船の幟と共に展示されている。
※英語版 William Penn (admiral) March 2006-03-29 19:38UTCより翻訳。著者:ortcut他。