アレクサンドラ・フォン・ザクセン=コーブルク・ウント・ゴータ

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エルンスト2世とアレクサンドラ

アレクサンドラ・フォン・ザクセン=コーブルク・ウント・ゴータドイツ語全名:Alexandra Louise Olga Victoria von Sachsen-Coburg und Gotha, 1878年9月1日 - 1942年4月16日)は、ホーエンローエ=ランゲンブルク侯エルンスト2世の妻。

イギリス王子・エディンバラ公アルフレッドとその妃でロシア皇帝アレクサンドル2世の娘であるマリア・アレクサンドロヴナの三女として、コーブルクのローゼナウ城で生まれた。イギリス女王ヴィクトリアの孫にあたる。幼少時の英語名はアレクサンドラ・オブ・エディンバラ(Alexandra of Edinburgh)。家族からはサンドラ(Sandra)と呼ばれていた。

1893年に父アルフレッドがザクセン=コーブルク=ゴータ公国を継承した。そのためアレクサンドラは、イギリス王女とザクセン=コーブルク=ゴータ公女の2つの称号を保持していた。

1896年4月、エルンスト2世と結婚し、5子をもうけた。

  • ゴットフリート(1897年 - 1960年) - 第8代ホーエンローエ=ランゲンブルク侯
  • マリー・メリタ(1898年 - 1967年) - シュレースヴィヒ=ホルシュタイン=ゾンダーブルク=グリュックスブルク公世子ヴィルヘルム・フリードリヒ夫人
  • アレクサンドラ(1901年 - 1963年)
  • イルマ(1902年 - 1986年)
  • アルフレート(1911年) - 夭折

1937年、アレクサンドラは数人の実子とともにナチスに入党した。第二次世界大戦中の1942年、シュヴェービッシュ・ハル(現バーデン=ヴュルテンベルク州)で死去した。