アルベール・カペラニ

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Albert Capellani
アルベール・カペラニ
アルベール・カペラニ
1910年
生年月日 1874年11月23日
没年月日 1931年
出生地 フランスの旗 フランス パリ
死没地 フランスの旗 フランス パリ
職業 映画監督俳優脚本家映画プロデューサー
ジャンル 舞台、サイレント映画
活動期間 1904年 - 1922年
活動内容 1904年 パテ・フレール
1915年 渡米
1923年 帰国
著名な家族 ポール・カペラニ
主な作品
お伽の森
噫無情
紅燈祭

アルベール・カペラニAlbert Capellani, 1874年11月23日 - 1931年)は、フランス映画監督俳優脚本家映画プロデューサーである[1]アメリカ合衆国でも活動した[1]

人物・来歴[編集]

1874年(明治7年)11月23日、フランスのパリで生まれる[1]。3歳下の弟ポール・カペラニはのちに長じて俳優となった[1][2]

当初のキャリアは舞台俳優であったが映画界に転向し、1904年(明治37年)11月12日にパテ・フレール(パテ)が公開した短篇映画 Peau d'âne を監督したのが、映画界での最初の記録である[1]。以降、パテ・フレールの重要監督として、短篇映画を量産、1907年(明治40年)に監督した『お伽の森』は、同作を機に主演のマックス・ランデーをスターにし、同社の「夢幻劇」のなかでももっとも著名な作品となる[3]。1910年(明治43年)には、ジャン・ラシーヌの最後の戯曲『アタリー』(1691年) を映画化[1]、同作は日本でも、1912年(明治45年)7月1日、小山内薫の泰西名作活動写真会で『エスセリア女王』の題で紹介されている[4]

1913年(大正2年)に監督した長篇映画『噫無情』で名声を得て、1915年(大正4年)、アメリカ合衆国に招かれる[1]メトロ・ゴールドウィン・メイヤー(MGM)の前身のメトロ・ピクチャーズで、1919年(大正8年)、アラ・ナジモヴァの同社入社第1作として監督した『紅燈祭[5]は、日本でも翌1920年(大正9年)12月16日、正規輸入した平尾商会のプリントを大正活映が同題で、上海から並行輸入した中古プリントを国際活映が『赤燈籠』の題でそれぞれ配給し、同日封切が行なわれた[5]

1922年(大正11年)、『若きダイアナ』を監督したのを最後に[1]アメリカを去り、1923年(大正12年)フランスに戻って、アメリカで得た技術を紹介しようと試みたがうまくいかなかった[6]。同年から麻痺を病み[7]、以降、深刻な病状と逼迫する財政に苦しんだ[6]

1931年(昭和6年)、パリで死去した[1]。満57歳没[6]

カペリニ作品はパテ・フレール作品が一部現存しており、2010年(平成22年)の第24回ボローニャ復元映画祭で、同社での『噫無情』やハリウッドでの『紅燈祭』をプログラムに含む特集上映が組まれた[8]。『お伽の森』は「小宮登美次郎コレクション」の1作として、東京国立近代美術館フィルムセンターが所蔵している[3]

おもなフィルモグラフィ[編集]

特筆以外すべて監督作である[1]。1904年 - 1915年の時期の140作に関しては、短篇が多く[1]、おもなものに留めた。

1900年代[編集]

1910年代[編集]

1920年代[編集]

  • 九十三Quatre-vingt-treize : 1920年 - 脚本・共同監督
  • 女占師』(別題『売卜者』) The Fortune Teller : 1920年
  • 改造』(別題『盃の内側』) The Inside of the Cup : 1921年
  • The Wild Goose : 1921年
  • Sisters : 1922年
  • 若きダイアナThe Young Diana : 1922年 - 共同監督(最終監督作)

関連事項[編集]

[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k Albert Capellani, Internet Movie Database (英語), 2010年7月2日閲覧。
  2. ^ Paul Capellani - インターネット・ムービー・データベース(英語), 2010年7月2日閲覧。
  3. ^ a b お伽の森 - フィルム・コレクションに見るNFCの40年東京国立近代美術館フィルムセンター、2010年7月4日閲覧。
  4. ^ a b 日本映画発達史 I 活動写真時代』 、田中純一郎中公文庫、1975年12月10日 ISBN 4122002850, p.192.
  5. ^ a b 『日本映画発達史 I 活動写真時代』 、p.332.
  6. ^ a b c Albert Capellani, filmsdefrance.com (英語), 2010年7月4日閲覧。
  7. ^ Albert Capellani, allmovie (英語), 2010年7月2日閲覧。
  8. ^ Albert Capellani: un cinema di grandeurボローニャ復元映画祭 (イタリア語), 2010年7月4日閲覧。
  9. ^ エスセリア女王allcinema ONLINE, 2010年7月4日閲覧。

外部リンク[編集]