アメリカ合衆国国務省首席事務官

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アメリカ合衆国国務省において、首席事務官(しゅせきじむかん、Chief Clerk)は、国務省の人事監督、対外文書の公開および内部文書の管理、日常業務について責任を負う役職。1789年から1853年までは国務省第2位の役職であり、国務長官が不在の場合には国務長官に代わって国務省を監督する役割を担っていた。

1789年7月27日の議会法 (1 Stat. 28) 第2条によりアメリカ合衆国外務省の設立が決議された際、外務省の長たる外務長官に対して首席事務官を任命する権限が与えられた。その後、追加立法により外務省の名称が国務省に変更され、また長官職の名称も国務長官に変更されたが、首席事務官に関する規定はそのまま維持された。首席事務官は国務長官による指名によってのみ任命され、上院の承認は不要であった。

国務省第2位としての地位は、1853年3月3日連邦歳出法 (10 Stat. 28) によって国務次官補に継承された。1853年以降、首席事務官は公文書の保存管理、対外文書の公開、国務省の人事および財産の監督について責任を負った。その後、首席事務官の役職は1939年1月26日に廃止された。

歴代国務省首席事務官[編集]

# 氏名 在任期間 備考
着任 退任
1 ヘンリー・レムゼン 1789年7月27日 1789年12月31日 [1]
2 ロジャー・オールデン 1790年1月1日 1790年7月25日
3 ヘンリー・レムゼン 1790年9月1日 1792年3月31日
4 ジョージ・テイラー 1792年4月1日 1798年2月7日
5 ジェイコブ・ワグナー 1798年2月8日 1807年3月31日
6 ジョン・グラハム 1807年7月1日 1817年7月18日
7 ダニエル・ブレント 1817年9月22日 1833年8月22日
8 アズベリー・ディキンズ 1833年8月23日 1836年12月12日
9 アーロン・オグデン・デイトン 1836年12月13日 1838年6月25日
10 アーロン・ヴェイル 1838年6月26日 1840年7月15日
11 ジェイコブ・マーティン 1840年7月16日 1841年3月5日
12 ダニエル・フレッチャー・ウェブスター 1841年3月6日 1843年4月23日
13 ウィリアム・デリック 1843年4月24日 1844年4月9日
14 リチャード・クレイル 1844年4月10日 1845年3月10日
15 ウィリアム・デリック 1845年3月1日 1845年8月27日
16 ニコラス・トリスト 1845年8月28日 1847年4月14日
17 ウィリアム・デリック 1847年4月15日 1848年1月25日
18 ジョン・アップルトン 1848年1月26日 1848年4月25日
19 ウィリアム・デリック 1848年4月25日 1852年5月15日
20 ウィリアム・ハンター 1852年5月17日 1855年5月7日 [2]

備考[編集]

  1. ^ 1784年3月2日からアメリカ合衆国外務次官を務めていた。首席事務官には1789年7月27日の議会法が可決し外務省で同職が創設された後に任命された。
  2. ^ アンブローズ・ダッドリー・マン国務次官補に着任した以降も、継続して首席事務官を務めた。

外部リンク[編集]