アグロバクテリウム
アグロバクテリウム (Agrobacterium) とはグラム陰性菌に属する土壌細菌であるリゾビウム属 (Rhizobium) の内、植物に対する病原性を持つものの総称。特にその中で根頭癌腫病に関連するAgrobacterium tumefaciens[1]を指すことが多い。かつては、アグロバクテリウム属として独立の属が与えられていたが、系統解析の結果多くはリゾビウム属に含まれることがわかり、その他も新設されたルエゲリア属 (Ruegeria)、プセウドロドバクテル属 (Pseudorhodobacter)、スタッピア属 (Stappia) に分類され、学名としては廃された。しかしながら、アグロバクテリウムという分類は便利なため、分野や用途によってはこの呼称も広く使われている。
アグロバクテリウムは、植物細胞に感染してDNAを送り込む(形質転換)性質があるため、植物のバイオテクノロジーでよく利用される。
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植物に対する病原性 [編集]
A. tumefaciensは多くの双子葉植物および一部の裸子植物・単子葉植物に虫こぶ様の腫瘍(根元などに生じ、根頭癌腫、クラウンゴール crown gall と呼ばれる)を起こす。この菌はTiプラスミド(pTi)と呼ばれる巨大なプラスミドを有しており、その一部であるT-DNA(transfer DNAの意)と呼ばれるDNA断片を植物細胞に注入し、T-DNAは相同組換えにより植物細胞のゲノム(挿入位置はかなりランダム)に挿入される。T-DNAは植物ホルモン(オーキシンとサイトカイニン)を生成する酵素の遺伝子を含み、これによって腫瘍(A. tumefaciensに特有)が形成される。またT-DNAはオパイン (Opine) と総称される特殊なアミノ酸(アグロバクテリウムはエネルギー源として代謝できるが、他の細菌はほとんど利用できない)を植物に作らせる酵素をコードしている[2]。根粒菌などの窒素固定細菌とは異なりA. tumefaciensは寄生細菌であって、植物にとって利益はない[3]。このA. tumefaciensの性質は「植物に対する遺伝的植民地化」とも喩えられる。
Tiプラスミドは大きい(20万塩基対前後)プラスミドで、T-DNAの他にT-DNAを植物細胞に輸送するのに働く遺伝子やオパインを分解消費するための遺伝子などを持っている。サクラの木とサクランボの木のクラウンゴールから分離されたTiプラスミド(pTi-SAKURAとpTiC58)の全塩基配列が明らかにされている。最もよく研究されている細胞株はA. tumefaciens C58(サクランボの木のクラウンゴールから分離された)で、Goodnerら[4]とWoodら[5]により同時にゲノムの完全配列が明らかにされた。A. tumefaciens C58のゲノムは環状の染色体、2個の環状プラスミド、および1本の直線状プラスミドからなる。環状プラスミドを有する細菌はごく普通だが、それに加え直線状プラスミドを持つのはアグロバクテリウム属の一部のグループに特有である。2つの環状プラスミドはpTiC58(病原性に関与する[4])とpAtC58[5]である。pAtC58はオパイン(A. tumefaciens C58が生成するオパインはノパリン〔Nopalin〕と呼ばれる)の代謝に関与し、これはpTiC58がない場合には他の細菌にも転移する[6]。
なお、植物の腫瘍はアグロバクテリウムだけでなくむしろ昆虫(虫こぶ)などによるものが多い。根にこぶを作る病原体には根こぶ病菌(原生生物ネコブカビ)やネコブセンチュウ(線虫)がある。
バイオテクノロジーへの利用 [編集]
T-DNAは植物遺伝子工学の特に有用なベクターであり、アグロバクテリウムのDNA転移能力は植物に外来遺伝子を導入する(トランスジェニック植物の作出)手段として盛んに利用されている[7]。
具体的には、目的の遺伝子配列をT-DNAにクローニングし、それを植物細胞のゲノムに挿入させる。植物ゲノムへの挿入に必須なのはT-DNA両端の25塩基対である。内側の腫瘍形成遺伝子は挿入には必要ないのでこれを目的の遺伝子に置き換えれば、腫瘍を形成させずに目的の遺伝子を植物細胞に導入できる。
遺伝子を導入した細胞を植物体にする方法としては、まず組織または細胞にアグロバクテリウムを感染させ、これを培養して植物体に再生させる方法がある。もう1つの方法としては、花にアグロバクテリウムを感染させ、種子を形成させる方法がある。
一例としてホタルのルシフェラーゼを用いた「光る植物」の作出にも用いられ、この方法は植物の葉緑体機能の研究やレポーター遺伝子(遺伝子の調節領域の研究用)としての利用に有用である[8]。アグロバクテリウムは自然には双子葉植物などにしか感染しないが、現在ではT-DNAは単子葉植物のイネなどでの利用も可能になっている[9]。さらにT-DNAをヒト細胞に転移することも実験的には可能である[10]。
その他の性質 [編集]
アグロバクテリウムが植物細胞にT-DNAを送り込むメカニズムは、タイプIV分泌系といわれ、ヒト病原菌の多くが細胞にタンパク質などを送り込むメカニズム(タイプIII分泌系)に類似している[11]。また多くのグラム陰性細菌に見られるクオラムセンシング(他の同種菌の分泌物質を感知して同調行動を取るためのシグナル伝達系)を有する。
同じアグロバクテリウム属に属するアグロバクテリウム・リゾゲネス(Agrobacterium rhizogenes、現在の正式な学名はRhizobium rhizogenes)もpTiに相当するプラスミドpRi内にT-DNAをもつが、これは植物に腫瘍でなく不定根を発生させる性質がある。この不定根の形成はひげ毛病とよばれ、高密度に枝分かれした根が大量に増殖するというものである。
脚注 [編集]
- ^ 現在の正式な学名はRhizobium radiobacterであるが、この中には旧来Agrobacterium radiobacterと呼ばれていた感染性のないものも含まれている。また、A. tumefaciensとされていた株の中には別の種に分類されたものもある。
- ^ Zupan J, Muth TR, Draper O, Zambryski P. (2000). “The transfer of DNA from Agrobacterium tumefaciens into plants: a feast of fundamental insights”. Plant J. 23: 11-28. doi:10.1046/j.1365-313x.2000.00808.x. PMID 10929098.
- ^ Moore LW, Chilton WS, Canfield ML (1997). “Diversity of Opines and Opine-Catabolizing Bacteria Isolated from Naturally Occurring Crown Gall Tumors”. App. Environ. Microbiol. 63: 201-207. PMC 1389099. PMID 16535484.
- ^ a b Goodner B, Hinkle G, Gattung S, Miller N, et al. (2001). “Genome Sequence of the Plant Pathogen and Biotechnology Agent Agrobacterium tumefaciens C58”. Science 294: 2323-2328. doi:10.1126/science.1066803. PMID 11743194.
- ^ a b Wood DW, Setubal JC, Kaul R, Monks DE, et al. (2001). “The Genome of the Natural Genetic Engineer Agrobacterium tumefaciens C58”. Science 294: 2317-2323. doi:10.1126/science.1066803. PMID 11743193.
- ^ Vaudequin-Dransart V, Petit A, Chilton WS, Dessaux Y (1998). “The cryptic plasmid of Agrobacterium tumefaciens cointegrates with the Ti plasmid and cooperates for opine degradation”. Mol. Plant-microbe Interact. 11: 583-591. doi:10.1094/MPMI.1998.11.7.583.
- ^ Zambryski P, Joos H, Genetello C, Leemans J, Montagu MV, Schell J (1983). “Ti plasmid vector for introduction of DNA into plant cells without alteration of their normal regeneration capacity”. EMBO J. 2: 2143-2150. PMC 555426. PMID 16453482.
- ^ Root, M. (1988). “Glow in the dark biotechnology”. Bioscience 38: 745-747.
- ^ Hiei Y, Ohta S, Komari T, Kumashiro T (1994). “Efficient transformation of rice (Oryza sativa L.) mediated by Agrobacterium and sequence analysis of the boundaries of the T-DNA”. Plant J. 6: 271-82. doi:10.1046/j.1365-313X.1994.6020271.x. PMID 7920717.
- ^ Kunik T, Tzfira T, Kapulnik Y, Gafni Y, Dingwall C, Citovsky V (2001). “Genetic transformation of HeLa cells by Agrobacterium”. Proc. Natl. Acad. Sci, U. S. A. 98: 1871-1876. doi:10.1073/pnas.98.4.1871.
- ^ Li PL, Everhart DM, Farrand SK (1998). “Genetic and sequence analysis of the pTiC58 trb locus, encoding a mating-pair formation system related to members of the type IV secretion family”. J Bacteriol. 180: 6164-6172. PMC 107700. PMID 9829924.
