「放馬灘紙」の版間の差分
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最古の関係が違った(出典は文字が書かれた最古で、本記事は紙として年代的に最古) |
何双全が中国語の出典と思われるので、日本語の出典を追加しておく |
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[[ファイル:Fangmatan paper map.jpg|サムネイル|中国、放馬灘で発掘された初期の紙の断片。地図が描かれているとされる。]] |
[[ファイル:Fangmatan paper map.jpg|サムネイル|中国、放馬灘で発掘された初期の紙の断片。地図が描かれているとされ、紙に書かれた地図として最古である<ref name="naid10029493618">{{Cite journal |和書|autho1=伊藤通弘 |date=1996-12-01 |title=紙の発生から普及まで(16) |journal=紙パ技協誌 |volume=50 |issue=12 |pages=1794-1795 |naid=10029493618 |doi=10.2524/jtappij.50.1794 |url=http://dx.doi.org/10.2524/jtappij.50.1794}}</ref>。]] |
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'''放馬灘紙'''(ほうばたんし)は、[[1986年]]に[[中華人民共和国|中国]][[甘粛省]][[天水市]]の放馬灘で発見された、[[前漢]]代の[[紙]]である<ref name="何 (1989)">[[#何 (1989)|何 (1989)]]</ref>。その年代は、[[紀元前179年]]頃から[[紀元前142年]]頃<!--※BC省略厳禁(意味がADに変わる)-->のものと推定され、'''世界最古の紙'''とされている<ref name="何 (1989)" />([[世界最古の一覧#記録]])。残長5.6[[センチメートル|cm]]、幅2.6cm。<ref name="何 (1989)" /> |
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2017年11月18日 (土) 06:23時点における版
放馬灘紙(ほうばたんし)は、1986年に中国甘粛省天水市の放馬灘で発見された、前漢代の紙である[2]。その年代は、紀元前179年頃から紀元前142年頃のものと推定され、世界最古の紙とされている[2](世界最古の一覧#記録)。残長5.6cm、幅2.6cm。[2]
1986年3月、放馬灘にて秦墓と漢墓がそれぞれ13基と1基、見つかった[2]。そのうちの漢墓の副葬品の中に、漢代の地図が1枚含まれていた[2]。出土状況は、坑内の墓主の胸上に置かれていた[2]。紙色はやや黒ずんでおり、そこに山河や道路などが描かれていた[2]。他の随葬品の年代によって、前漢の初頭に当たる文帝・景帝代のものと推定されている[2]。
出典
- ^ 「紙の発生から普及まで(16)」『紙パ技協誌』第50巻第12号、1996年12月1日、1794-1795頁、doi:10.2524/jtappij.50.1794、NAID 10029493618。
- ^ a b c d e f g h 何 (1989)
参考文献
- 何双全「天水放馬灘秦墓出土地図初探」 『文物』 1989年2月。