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「絶対値」の版間の差分

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{{about|主に[[実数]]の絶対値|その他の場合の詳細|#その他の絶対値]]の各リンク先}}
{{about|主に[[実数]]の絶対値|その他の場合の詳細|#その他の絶対値]]の各リンク先}}
{{出典の明記|date=2015年5月}}
{{出典の明記|date=2015年5月}}
[[file:Khoang cach tren duong thang thuc.png|thumb|数の絶対値は零からの距離と考えられる]]
[[数学]]における'''絶対値'''(ぜったいち、{{lang-en|absolute value}})は、数の「大きさ」の概念を与える規準の一つである。その数が 0 からどれだけ離れているかを知ることができる。
[[数学]]における[[実数]] {{mvar|x}} の'''絶対値'''(ぜったいち、{{lang-en-short|''absolute value''}})または'''母数'''(ぼすう、{{lang-en-short|''modulus''}}){{math|{{abs|''x''}}}} は、その[[符号 (数学)|符号]]を無視して得られる[[非負]]の値を言う。つまり[[正数]] {{mvar|x}} に対して {{math|1={{abs|''x''}} = ''x''}} および[[負数]] {{mvar|x}} に対して {{math|1={{abs|''x''}} = [[加法逆元|−''x'']]}}(このとき {{math|−''x''}} は正)であり、また {{math|1={{abs|0}} = 0}} である。例えば {{math|3}} の絶対値は {{math|3}} であり {{math|−3}} の絶対値も {{math|3}} である。数の絶対値はその数の零からの[[距離函数|距離]]と見なすことができる。

実数の絶対値を一般化する概念は、数学において広範で多様な設定のもとで生じてくる。例えば、絶対値は[[複素数]]、[[四元数]]、[[順序環]]、[[可換体|体]]などに対しても定義することができる。様々な数学的あるいは物理学的な文脈における{{ill2|大きさ (数学)|en|magnitude (mathematics)|label=大きさ}} (magnitude) や[[距離函数|距離]]および[[ノルム]]などの概念は、絶対値と緊密な関係にある

== 用語と記法 ==
1806年に{{ill2|ジャン゠ロバート・アルガン|en|Jean-Robert Argand}}が導入した用語 {{fr|''module''}} は、フランス語で「測る単位」を意味する言葉で、特に複素数の絶対値を表すためのものであった<ref name=oed>[[Oxford English Dictionary]], Draft Revision, June 2008</ref><ref>Nahin, [http://www-history.mcs.st-andrews.ac.uk/Mathematicians/Argand.html O'Connor and Robertson], and [http://functions.wolfram.com/ComplexComponents/Abs/35/ functions.Wolfram.com.]; for the French sense, see [[Dictionnaire de la langue française (Littré)|Littré]], 1877</ref>。それは対応するラテン語の {{la|''modulus''}} として1866年に英語にも借用翻訳されている<ref name=oed />。{{en|''absolute value''}} が本項に言う意味で用いられたのは、少なくとも1806年にフランス語で<ref>[[Lazare Nicolas Marguerite Carnot|Lazare Nicolas M. Carnot]], ''Mémoire sur la relation qui existe entre les distances respectives de cinq point quelconques pris dans l'espace'', p.&nbsp;105 [https://books.google.com/books?id=YyIOAAAAQAAJ&pg=PA105 at Google Books]</ref>および1857年に英語で<ref>James Mill Peirce, ''A Text-book of Analytic Geometry'' [https://books.google.com/books?id=RJALAAAAYAAJ&pg=PA42 at Google Books]. The oldest citation in the 2nd edition of the Oxford English Dictionary is from 1907. もちろん ''relative value''(相対値)と対照を成す語としても ''absolute value''(絶対値)は使われる</ref>見られる。両側を[[縦棒]]で括る記法 {{math|{{abs|''x''}}}} は[[カール・ヴァイアシュトラス]]が1841年に導入した<ref>Nicholas J. Higham, ''Handbook of writing for the mathematical sciences'', SIAM. {{ISBN|0-89871-420-6}}, p.&nbsp;25</ref>。絶対値を表すほかの名称には ''numerical value''<ref name=oed />(数値)や ''magnitude''<ref name=oed />(大きさ)などが挙げられる。プログラム言語や計算機ソフトでは {{mvar|x}} の絶対値を {{math|abs(''x'')}} のような函数記法で表すことが一般に行われる。

縦棒で括る記法は他の数学的文脈でもいくつも用いられる(例えば、集合を縦棒で括ればその集合の[[濃度 (数学)|濃度]]を表し、[[行列]]に用いれば[[行列式]]を表す)。したがって、縦棒が絶対値を表すためのものか判断するには、その引数が絶対値の概念が定義される代数的対象(例えば、実数や複素数や四元数などの[[ノルム多元体]])かどうかに注意が払われなければならない。絶対値とよく似て非なる概念に縦棒記法が使われる例として、{{math|'''R'''{{sup|''n''}}}} のベクトルに対する[[ユークリッドノルム]]<ref>{{Cite book|title=Calculus on Manifolds|last=Spivak|first=Michael|publisher=Westview|year=1965|isbn=0805390219|location=Boulder, CO|pages=1|quote=|via=}}</ref>および[[上限ノルム]]<ref>{{Cite book|title=Analysis on Manifolds|last=Munkres|first=James|publisher=Westview|year=1991|isbn=0201510359|location=Boulder, CO|pages=4|quote=|via=}}</ref>などが挙げられるが、これらについては二重縦棒と下付き添字を用いた記法(それぞれ {{math|{{norm|&bull;}}{{sub|2}}}} および {{math|{{norm|&bull;}}{{sub|∞}}}})を用いるのがより一般的で紛れも少ない。


== 実数の絶対値 ==
== 実数の絶対値 ==
実数の'''絶対値'''または'''母数'''(ぼすう、{{lang-en|''module'', ''modulus''}}; 尺度)
実数の'''絶対値'''は
:<math>|x|:=\begin{cases}
:<math>|x|:=\begin{cases}
x & (x\ge 0)\\
x & (x\ge 0)\\
-x & (x < 0)
-x & (x < 0)
\end{cases}</math>
\end{cases}</math>
なる条件、あるいはこれに同値な
なる条件<ref>Mendelson, [https://books.google.com/books?id=A8hAm38zsCMC&pg=PA2 p.&nbsp;2].</ref>、あるいはこれに同値な
:<math>|a|=\sqrt{a^2}</math>
:<math>|a|=\sqrt{a^2}</math>
などの条件<ref>{{Cite book| author=Stewart, James B. | coauthors= | title=Calculus: concepts and contexts | year=2001 | publisher=Brooks/Cole | location=Australia | isbn=0-534-37718-1 | pages=}}, p.&nbsp;A5</ref>
などの条件で与えられる。前者の条件では実数から符号を取り除いたもの、後者の条件からは 0 からの距離を与えるものという解釈を得ることができる。
で与えられる。前者の条件では実数から符号を取り除いたもの、後者の条件からは 0 からの距離を与えるものという解釈を得ることができる。


実数の絶対値に関して、
実数の絶対値に関して、
:<math>|a| \le b \iff -b \le a \le b </math>
:&minus;''b'' ≤ ''a'' ≤ ''b'' のとき、且つそのときに限って、|''a''| ≤ ''b''
:<math>|a| \ge b \iff a \le -b\ </math> or <math>b \le a </math>
が成り立ち、絶対値に関する[[不等式]]を絶対値を用いない形に書き直すことができる。例えば、
: |''x'' - 3| ≤ 9 ⇔ &minus;9 ≤ ''x'' &minus; 3 ≤ 9 ⇔ &minus;6 ≤ ''x'' ≤ 12
は絶対値を含む[[不等式]]を扱うのに有用である。例えば、{{math|{{abs|''x'' - 3}} ≤ 9 ⇔ &minus;9 ≤ ''x'' &minus; 3 ≤ 9 ⇔ &minus;6 ≤ ''x'' ≤ 12}} などとできる。
などとなる。一般には必ずしも単純に書き換えることはできず、いくつかの場合に分けて調べることになる。


== 性質 ==
== 性質 ==
27行目: 35行目:
などが成立する。これは[[距離函数]]が満たす性質と対応する(後述)。また、
などが成立する。これは[[距離函数]]が満たす性質と対応する(後述)。また、
* [[冪等性]]: {{math|{{abs|&thinsp;{{abs|''a''}}&thinsp;}} {{=}} {{abs|''a''}}. }}
* [[冪等性]]: {{math|{{abs|&thinsp;{{abs|''a''}}&thinsp;}} {{=}} {{abs|''a''}}. }}
* [[乗法的函数|乗法性]]: {{math|1={{abs|''ab''}} = {{abs|''a''}}&sdot;{{abs|''b''}}.}}
* [[乗法的写像|乗法性]]: {{math|1={{abs|''ab''}} = {{abs|''a''}}&sdot;{{abs|''b''}}.}}
などの性質が成り立つ。
などの性質が成り立つ。


== 絶対値函数 ==
== 絶対値函数 ==
[[File:Absolute value.svg|thumb|絶対値函数のグラフ]]
[[File:Absolute value.svg|thumb|絶対値函数のグラフ]]
[[Image:Absolute value composition.svg|256px|thumb|[[三次函数]]と絶対値函数の異なる順番での[[写像の合成|合成]]]]
実数の絶対値が定める非負実数値函数
実数の絶対値が定める非負実数値函数 {{math|'''R''' ∋ ''x'' {{mapsto}} {{abs|''x''}} ∈ '''R'''{{sub|+}}}} は至る所[[連続函数|連続]]で、{{math|1=''x'' = 0}} を除き至る所[[微分可能]]{{efn|ただし、この微分可能性は複素微分可能を意味しない。つまり、複素変数の絶対値函数は[[コーシー–リーマンの方程式]]を満たさない<ref name="MathWorld"/>}}である。また、区間 {{open-closed|−∞,0}} 上で[[単調写像|単調増大]]であり、区間 {{closed-open|0,+∞}} で単調減少である。各実数とその[[反数]]の絶対値は同じ値であるから、絶対値函数は[[偶函数]]であり、それゆえ[[逆函数]]を持たない。この実絶対値函数は[[区分線型関数|区分線型]][[凸函数]]である。また、[[冪等]]である。
: <math>\mathbb{R} \ni x \mapsto |x| \in \mathbb{R}_+</math>

は絶対値の性質により、[[鏡像|''y''-軸対称]]な[[連続 (数学)|連続関数]]である。この函数は ''x'' = 0 以外で[[微分]]可能であり、その導函数
* [[符号函数]] {{math|sign(''x'')}} を用いれば、{{math|1={{abs|''x''}} = ''x''&sdot;sign(''x'')}} と書ける。また {{math|1=''x'' = {{abs|''x''}}&sdot;sign(''x'')}} であり、{{math|''x'' ≠ 0}} のとき {{math|1=sign(''x'') = ''x''/{{abs|''x''}} = {{abs|''x''}}/''x''}} が成り立つ。

{{math|''x'' ≠ 0}} における導函数
: <math>d|x|/dx = \begin{cases} 1 & (x>0)\\ -1 & (x<0)\end{cases}</math>
: <math>d|x|/dx = \begin{cases} 1 & (x>0)\\ -1 & (x<0)\end{cases}</math>
[[符号関数]] sgn(''x'') (あるいは本質的に[[ヘヴィサイドの階段関数]])であり、定義可能な範囲 (&minus;&infin;, 0) &cup; (0, &infin;) における連続函数であるが、''x'' = 0 における値をどのように定めるとしても '''R''' = (&minus;&infin;, &infin;) の全体で連続な函数へ延長することは出来ない。また絶対値函数は任意区間で可積分であり、その原始函数が
{{math|sign(''x'')}}(あるいは本質的に[[ヘヴィサイドの階段関数]]<ref name="MathWorld">{{MathWorld|urlname=AbsoluteValue|title=Absolute Value}}</ref><ref name="BS163">Bartel and Sherbert, p.&nbsp;163</ref>)であり、定義可能な範囲 {{math|(&minus;&infin;, 0) &cup; (0, &infin;)}} における連続函数であるが、{{math|1=''x'' = 0}} における値をどのように定めるとしても {{mathbf|R}} 全体で連続な函数へ延長することは出来ない。
* {{math|1=''x'' = 0}} における {{math|{{abs|''x''}}}} の[[劣微分|劣微分係数]]は、区間 {{closed-closed|−1,1}} である<ref>Peter Wriggers, Panagiotis Panatiotopoulos, eds., ''New Developments in Contact Problems'', 1999, {{ISBN|3-211-83154-1}}, [https://books.google.com/books?id=tiBtC4GmuKcC&pg=PA31 p.&nbsp;31–32]</ref>。
* {{math|{{abs|''x''}}}} の {{mvar|x}} に関する二階導函数は {{math|1=''x'' = 0}} を除く至る所存在して零に等しい({{math|1=''x'' = 0}} では存在しない)。しかし[[シュヴァルツ超函数|超函数微分]]の意味での二階導函数は[[ディラックデルタ]]の二倍に等しい。

また絶対値函数は任意区間で可積分であり、その原始函数が
: <math>\int |x|\,dx = \frac{1}{2}x|x| + C</math>
: <math>\int |x|\,dx = \frac{1}{2}x|x| + C</math>
で与えられることも右辺を微分することにより直ちに確かめられる。
で与えられることも右辺を微分することにより直ちに確かめられる。
42行目: 57行目:
== 絶対値が誘導する距離 ==
== 絶対値が誘導する距離 ==
{{seealso|ノルム}}
{{seealso|ノルム}}
絶対値の基本性質、非負性・非退化性・偶性・劣加法性は[[ノルム]]('''絶対値ノルム''')として[[距離函数]]が満たす性質と対応しており、{{math|''x'', ''y'', ''z''}} を任意の実数として
絶対値の基本性質、非負性・非退化性・偶性・劣加法性は、二数の{{ill2|絶体差|en|absolute difference}} を考えることにより、[[ノルム]]('''絶対値ノルム''')として[[距離函数]]が満たす性質と対応しており、{{math|''x'', ''y'', ''z''}} を任意の実数として
* 非負性: |''x'' &minus; ''y''| &ge; 0
* 非負性: {{math|{{abs|''x'' &minus; ''y''}} &ge; 0,}}
* 不可識別者同一性: |''x'' &minus; ''y''| = 0 ⇔ ''x'' = ''y''
* 不可識別者同一性: {{math|1={{abs|''x'' &minus; ''y''}} = 0 ⇔ ''x'' = ''y'',}}
* 対称性: |''x'' &minus; ''y''| = |''y'' &minus; ''x''|
* 対称性: {{math|1={{abs|''x'' &minus; ''y''}} = {{abs|''y'' &minus; ''x''}},}}
* 三角不等式: |''x'' &minus; ''y''| &le; |''x'' &minus; ''z''| + |''z'' &minus; ''y''|
* 三角不等式: {{math|{{abs|''x'' &minus; ''y''}} &le; {{abs|''x'' &minus; ''z''}} + {{abs|''z'' &minus; ''y''}}}}
と書いても同値である。即ち {{math|''d''(''x'',''y'') {{=}} {{abs|''x'' &minus; ''y''}} }}と置けば {{mvar|d}} は'''絶対距離'''と呼ばれる距離函数になる。
と書いても同値である{{efn|この公理系は極小ではない。実際、非負性は他の三つから出る: {{math|1=0 = ''d''(''a'', ''a'') ≤ ''d''(''a'', ''b'') + ''d''(''b'', ''a'') = 2''d''(''a'', ''b'')}}.}}。即ち {{math|''d''(''x'',''y'') {{=}} {{abs|''x'' &minus; ''y''}} }}と置けば {{mvar|d}} は'''絶対距離'''と呼ばれる距離函数になる。


== その他の絶対値 ==
== その他の絶対値 ==
58行目: 73行目:
=== 複素数の絶対値 ===
=== 複素数の絶対値 ===
{{main|{{ill2|複素数の絶対値|fr|Module d'un nombre complexe}}}}
{{main|{{ill2|複素数の絶対値|fr|Module d'un nombre complexe}}}}
[[File:Complex.png|thumb|原点からの距離 ''r'' が絶対値を表す]]
[[File:Complex.png|thumb|原点からの距離 {{mvar|r}} が絶対値を表す]]
[[複素数]] ''z'' = ''a'' + ''ib'' に対して、その絶対値は
[[複素数]] {{math|1=''z'' = ''a'' + ''ib''}} に対して、その絶対値は
: <math> |z| = \sqrt{a^2+b^2} </math>
: <math> |z| = \sqrt{a^2+b^2} </math>
で与えられる非負実数値である。''b'' = 0 とすることにより、''z'' が実数値を取るときには実数の絶対値に一致することが確かめられる。
で与えられる非負実数値である。{{math|1=''b'' = 0}} とすることにより、{{mvar|z}} が実数値を取るときには実数の絶対値に一致することが確かめられる。


''z'' を[[ガウス平面]]上の点として解釈すれば、|''z''| とは[[原点]]から ''z'' までの距離である。複素数を扱う際に、その数を絶対値と[[偏角]]とによって表す[[極座標|極形式]]の考え方は有益である。
{{mvar|z}} を[[ガウス平面]]上の点として解釈すれば、{{math|{{abs|''z''}}}} とは[[原点 (数学)|原点]]から {{mvar|z}} までの距離である。複素数を扱う際に、その数を絶対値と[[偏角 (複素数)|偏角]]とによって表す[[極座標|極形式]]の考え方は有益である。


複素数 ''z'' とその複素共軛 <span style="text-decoration:overline">''z''</span> に対して
複素数 {{mvar|z}} とその複素共軛 {{overline|{{mvar|z}}}} に対して
: <math> |z| = |\bar{z}|</math>
: <math> |z| = |\bar{z}|</math>
が成り立つ。また、
が成り立つ。また、
: <math> |z|^2 = z\bar{z}</math>
: <math> |z|^2 = z\bar{z}</math>
''z'' が引き起こすガウス平面上の一次変換の[[ハール測度|母数]](モジュラス)である。
{{mvar|z}} が引き起こすガウス平面上の一次変換の[[ハール測度|母数]](モジュラス)である。


=== ベクトルのノルム ===
=== ベクトルのノルム ===
76行目: 91行目:
* 非負性: {{math|‖''v''‖ &ge; 0}}
* 非負性: {{math|‖''v''‖ &ge; 0}}
* 非退化性: {{math|''v'' {{=}} 0 ⇔ ‖''v''‖ {{=}} 0}}
* 非退化性: {{math|''v'' {{=}} 0 ⇔ ‖''v''‖ {{=}} 0}}
* [[斉次函数|正斉次性]]: {{math|‖''av''‖ {{=}} {{!}}''a''{{!}}&thinsp;‖''v''‖}} ({{math|''a'' &isin; '''K'''}})
* [[斉次函数|正斉次性]]: {{math|‖''av''‖ {{=}} {{abs|''a''}}&sdot;‖''v''‖}} ({{math|''a'' &isin; '''K'''}})
* [[劣加法的函数|劣加法性]]: {{math|‖''v'' + ''w''‖ &le; ‖''v''‖ + ‖''w''‖}}
* [[劣加法的函数|劣加法性]]: {{math|‖''v'' + ''w''‖ &le; ‖''v''‖ + ‖''w''‖}}


83行目: 98行目:
=== リース空間における絶対値 ===
=== リース空間における絶対値 ===
{{main|リース空間|{{仮リンク|実数値函数の正部分と負部分|en|Positive and negative parts}}}}
{{main|リース空間|{{仮リンク|実数値函数の正部分と負部分|en|Positive and negative parts}}}}
[[リース空間]]と呼ばれる{{仮リンク|順序線型空間|en|ordered linear space}}のベクトル {{mvar|v}} に対しては、{{math|{{!}}''v''{{!}} {{=}} ''v'' &or; (&minus;''v'') }}で絶対値が定義される。例えば集合 {{mvar|X}} 上の実数値(あるいはより一般に全順序群に値をとる)函数全体の成す集合は、{{mvar|f}}, {{mvar|g}} に対して {{math|(''f'' &or; ''g'')(''x'') :{{=}} max{''f''(''x''), ''g''(''x'')}, (''f'' &and; ''g'')(''x'') :{{=}} min{''f''(''x''), ''g''(''x'')} }}と置くことによりリース空間となり、各 {{mvar|f}} に対して
[[リース空間]]と呼ばれる{{仮リンク|順序線型空間|en|ordered linear space}}のベクトル {{mvar|v}} に対しては、{{math|{{abs|''v''}} {{=}} ''v'' &or; (&minus;''v'') }}で絶対値が定義される。例えば集合 {{mvar|X}} 上の実数値(あるいはより一般に全順序群に値をとる)函数全体の成す集合は、{{mvar|f}}, {{mvar|g}} に対して {{math|(''f'' &or; ''g'')(''x'') {{coloneqq}} max{''f''(''x''), ''g''(''x'')}, (''f'' &and; ''g'')(''x'') {{coloneqq}} min{''f''(''x''), ''g''(''x'')} }}と置くことによりリース空間となり、各 {{mvar|f}} に対して
: {{math|{{!}}''f''{{!}}(''x'') :{{=}} max{&plusmn;''f''(''x'')} }}
: {{math|{{abs|''f''}}(''x'') {{coloneqq}} max{{mset|&plusmn;''f''(''x'')}}}}
が {{mvar|f}} の絶対値を与える。{{math|''f''{{sup|&plusmn;}} :{{=}} &plusmn;''f'' &or; 0}} と置けば、絶対値は {{math|{{!}}''f''{{!}} {{=}} ''f''{{sup|+}} + ''f''{{sup|&minus;}} }}と書ける。
が {{mvar|f}} の絶対値を与える。{{math|''f''{{sup|&plusmn;}} {{coloneqq}} &plusmn;''f'' &or; 0}} と置けば、絶対値は {{math|{{abs|''f''}} {{=}} ''f''{{sup|+}} + ''f''{{sup|&minus;}} }}と書ける。


=== 体の賦値 ===
=== 体の賦値 ===
{{main|賦値|{{ill2|絶対賦値|en|Absolute value (algebra)}}}}
{{main|賦値|{{ill2|絶対賦値|en|Absolute value (algebra)}}}}
有理数体上の [[p進付値|''p''-進絶対値]]など、体の[[賦値]]も絶対値の一般化である。賦値には'''加法賦値'''と'''乗法賦値'''があり、乗法賦値のことをしばしば'''絶対値'''あるいはモジュラスと呼称する。特に複素数体 '''C''' の部分体がアルキメデス的な乗法賦値を持つならば、それは本項で述べたような通常の絶対値に(同値の差を除いて)一致する。[[賦値体]]はその賦値の定める距離位相に関して[[位相体]]を成す。
有理数体上の [[p進付値|''p''-進絶対値]]など、体の[[賦値]]も絶対値の一般化である。賦値には'''加法賦値'''と'''乗法賦値'''があり、乗法賦値(特に指数賦値)のことをしばしば'''絶対値'''あるいはモジュラスと呼称する。特に複素数体 '''C''' の部分体がアルキメデス的な乗法賦値を持つならば、それは本項で述べたような通常の絶対値に(同値の差を除いて)一致する。[[賦値体]]はその賦値の定める距離位相に関して[[位相体]]を成す。


非アルキメデス的な乗法付値は一階の加法的な賦値と対応がとれ、これらはしばしば同一のものとして扱われる。加法的賦値体あるいは順序体においてその賦値環は、その体における正の数全体の集合を本質的に特徴付けるものである。[[有限体]] '''F'''{{sub|''q''}} (''q'' = ''p''{{sup|''f''}}) において標準的な賦値(モジュラス)は ''p''-進絶対値の冪
非アルキメデス的な乗法付値は一階の加法的な賦値と対応がとれ、これらはしばしば同一のものとして扱われる。加法的賦値体あるいは順序体においてその賦値環は、その体における正の数全体の集合を本質的に特徴付けるものである。[[有限体]] '''F'''{{sub|''q''}} (''q'' = ''p''{{sup|''f''}}) において標準的な賦値(モジュラス)は ''p''-進絶対値の冪
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である。これを適当な[[ハール測度]]による立方体の体積と理解することもある。
である。これを適当な[[ハール測度]]による立方体の体積と理解することもある。


== ルベーグ測度 ==
== ==
=== 注釈 ===
[[ルベーグ測度|一次元ルベーグ外測度]]は半開区間上で ''μ''((''a'', ''b'']) = |''b'' &minus; ''a''| を満たす右連続単調増加な集合函数の定めるスティルチェス測度である。
{{notelist}}
=== 出典 ===
{{reflist}}

== 参考文献 ==
* Bartle; Sherbert; ''Introduction to real analysis'' (4th ed.), John Wiley & Sons, 2011 {{ISBN|978-0-471-43331-6}}.
* Mendelson, Elliott, ''Schaum's Outline of Beginning Calculus'', McGraw-Hill Professional, 2008. {{ISBN|978-0-07-148754-2}}.


== 関連項目 ==
== 関連項目 ==
102行目: 124行目:
* [[絶対平方]] (absolute square) / [[自乗ノルム]] (square norm) / [[二次形式]](計量二次形式): スカラーに対する斉次性は落ちる
* [[絶対平方]] (absolute square) / [[自乗ノルム]] (square norm) / [[二次形式]](計量二次形式): スカラーに対する斉次性は落ちる
* {{ill2|大きさ (数学)|en|Magnitude (mathematics)}}
* {{ill2|大きさ (数学)|en|Magnitude (mathematics)}}
* [[合成代数]]
* [[合成代数]]: 乗法的な自乗ノルムを持つ


== 外部リンク ==
== 外部リンク ==

2017年6月24日 (土) 03:09時点における版

数の絶対値は零からの距離と考えられる

数学における実数 x絶対値(ぜったいち、: absolute value)または母数(ぼすう、: modulus|x| は、その符号を無視して得られる非負の値を言う。つまり正数 x に対して |x| = x および負数 x に対して |x| = x(このとき x は正)であり、また |0| = 0 である。例えば 3 の絶対値は 3 であり −3 の絶対値も 3 である。数の絶対値はその数の零からの距離と見なすことができる。

実数の絶対値を一般化する概念は、数学において広範で多様な設定のもとで生じてくる。例えば、絶対値は複素数四元数順序環などに対しても定義することができる。様々な数学的あるいは物理学的な文脈における大きさ英語版 (magnitude) や距離およびノルムなどの概念は、絶対値と緊密な関係にある

用語と記法

1806年にジャン゠ロバート・アルガン英語版が導入した用語 module は、フランス語で「測る単位」を意味する言葉で、特に複素数の絶対値を表すためのものであった[1][2]。それは対応するラテン語の modulus として1866年に英語にも借用翻訳されている[1]absolute value が本項に言う意味で用いられたのは、少なくとも1806年にフランス語で[3]および1857年に英語で[4]見られる。両側を縦棒で括る記法 |x|カール・ヴァイアシュトラスが1841年に導入した[5]。絶対値を表すほかの名称には numerical value[1](数値)や magnitude[1](大きさ)などが挙げられる。プログラム言語や計算機ソフトでは x の絶対値を abs(x) のような函数記法で表すことが一般に行われる。

縦棒で括る記法は他の数学的文脈でもいくつも用いられる(例えば、集合を縦棒で括ればその集合の濃度を表し、行列に用いれば行列式を表す)。したがって、縦棒が絶対値を表すためのものか判断するには、その引数が絶対値の概念が定義される代数的対象(例えば、実数や複素数や四元数などのノルム多元体)かどうかに注意が払われなければならない。絶対値とよく似て非なる概念に縦棒記法が使われる例として、Rn のベクトルに対するユークリッドノルム[6]および上限ノルム[7]などが挙げられるが、これらについては二重縦棒と下付き添字を用いた記法(それぞれ ‖ • ‖2 および ‖ • ‖)を用いるのがより一般的で紛れも少ない。

実数の絶対値

実数の絶対値

なる条件[8]、あるいはこれに同値な

などの条件[9] で与えられる。前者の条件では実数から符号を取り除いたもの、後者の条件からは 0 からの距離を与えるものという解釈を得ることができる。

実数の絶対値に関して、

or

は絶対値を含む不等式を扱うのに有用である。例えば、|x - 3| ≤ 9 ⇔ −9 ≤ x − 3 ≤ 9 ⇔ −6 ≤ x ≤ 12 などとできる。

性質

基本的な性質として、任意の実数 a, b について

  • 非負性: |a| ≥ 0.
  • 非退化性: a = 0 のとき、且つそのときに限って、|a| = 0.
  • 偶性: |−a| = |a|.
  • 劣加法性: |a + b| ≤ |a| + |b|.

などが成立する。これは距離函数が満たす性質と対応する(後述)。また、

などの性質が成り立つ。

絶対値函数

絶対値函数のグラフ
三次函数と絶対値函数の異なる順番での合成

実数の絶対値が定める非負実数値函数 Rx ↦ |x| ∈ R+ は至る所連続で、x = 0 を除き至る所微分可能[注釈 1]である。また、区間 (−∞,0] 上で単調増大であり、区間 [0,+∞) で単調減少である。各実数とその反数の絶対値は同じ値であるから、絶対値函数は偶函数であり、それゆえ逆函数を持たない。この実絶対値函数は区分線型凸函数である。また、冪等である。

  • 符号函数 sign(x) を用いれば、|x| = x⋅sign(x) と書ける。また x = |x|⋅sign(x) であり、x ≠ 0 のとき sign(x) = x/|x| = |x|/x が成り立つ。

x ≠ 0 における導函数

sign(x)(あるいは本質的にヘヴィサイドの階段関数[10][11])であり、定義可能な範囲 (−∞, 0) ∪ (0, ∞) における連続函数であるが、x = 0 における値をどのように定めるとしても R 全体で連続な函数へ延長することは出来ない。

  • x = 0 における |x|劣微分係数は、区間 [−1,1] である[12]
  • |x|x に関する二階導函数は x = 0 を除く至る所存在して零に等しい(x = 0 では存在しない)。しかし超函数微分の意味での二階導函数はディラックデルタの二倍に等しい。

また絶対値函数は任意区間で可積分であり、その原始函数が

で与えられることも右辺を微分することにより直ちに確かめられる。

絶対値が誘導する距離

絶対値の基本性質、非負性・非退化性・偶性・劣加法性は、二数の絶体差英語版 を考えることにより、ノルム絶対値ノルム)として距離函数が満たす性質と対応しており、x, y, z を任意の実数として

  • 非負性: |xy| ≥ 0,
  • 不可識別者同一性: |xy| = 0 ⇔ x = y,
  • 対称性: |xy| = |yx|,
  • 三角不等式: |xy| ≤ |xz| + |zy|

と書いても同値である[注釈 2]。即ち d(x,y) = |xy| と置けば d絶対距離と呼ばれる距離函数になる。

その他の絶対値

順序環における絶対値

任意の順序環 R に対して、0R加法単位元、"a" は a加法逆元とすれば、実数の場合とまったく同じく

として絶対値が定義される。

複素数の絶対値

原点からの距離 r が絶対値を表す

複素数 z = a + ib に対して、その絶対値は

で与えられる非負実数値である。b = 0 とすることにより、z が実数値を取るときには実数の絶対値に一致することが確かめられる。

zガウス平面上の点として解釈すれば、|z| とは原点から z までの距離である。複素数を扱う際に、その数を絶対値と偏角とによって表す極形式の考え方は有益である。

複素数 z とその複素共軛 z に対して

が成り立つ。また、

z が引き起こすガウス平面上の一次変換の母数(モジュラス)である。

ベクトルのノルム

絶対値の概念を拡張したものとしてノルムがある。(実または複素数体)K 上のベクトル空間 V に属するベクトル v のノルムあるいは大きさ (magnitude) または長さ (length) v は、以下の性質

  • 非負性: v‖ ≥ 0
  • 非退化性: v = 0 ⇔ ‖v‖ = 0
  • 正斉次性: av‖ = |a|⋅‖v (aK)
  • 劣加法性: v + w‖ ≤ ‖v‖ + ‖w

を満たす。従って、ノルムは距離 d(x, y) = ‖xy を誘導する。上記の実数に対する絶対値、複素数に対する絶対値はどちらもノルムの条件を満たす。絶対値の誘導する距離はノルムの誘導する距離である。

リース空間における絶対値

リース空間と呼ばれる順序線型空間英語版のベクトル v に対しては、|v| = v ∨ (−v) で絶対値が定義される。例えば集合 X 上の実数値(あるいはより一般に全順序群に値をとる)函数全体の成す集合は、f, g に対して (fg)(x) ≔ max{f(x), g(x)}, (fg)(x) ≔ min{f(x), g(x)} と置くことによりリース空間となり、各 f に対して

|f|(x) ≔ max{±f(x)}

f の絶対値を与える。f± ≔ ±f ∨ 0 と置けば、絶対値は |f| = f+ + f と書ける。

体の賦値

有理数体上の p-進絶対値など、体の賦値も絶対値の一般化である。賦値には加法賦値乗法賦値があり、乗法賦値(特に指数賦値)のことをしばしば絶対値あるいはモジュラスと呼称する。特に複素数体 C の部分体がアルキメデス的な乗法賦値を持つならば、それは本項で述べたような通常の絶対値に(同値の差を除いて)一致する。賦値体はその賦値の定める距離位相に関して位相体を成す。

非アルキメデス的な乗法付値は一階の加法的な賦値と対応がとれ、これらはしばしば同一のものとして扱われる。加法的賦値体あるいは順序体においてその賦値環は、その体における正の数全体の集合を本質的に特徴付けるものである。有限体 Fq (q = pf) において標準的な賦値(モジュラス)は p-進絶対値の冪

である。これを適当なハール測度による立方体の体積と理解することもある。

注釈

  1. ^ ただし、この微分可能性は複素微分可能を意味しない。つまり、複素変数の絶対値函数はコーシー–リーマンの方程式を満たさない[10]
  2. ^ この公理系は極小ではない。実際、非負性は他の三つから出る: 0 = d(a, a) ≤ d(a, b) + d(b, a) = 2d(a, b).

出典

  1. ^ a b c d Oxford English Dictionary, Draft Revision, June 2008
  2. ^ Nahin, O'Connor and Robertson, and functions.Wolfram.com.; for the French sense, see Littré, 1877
  3. ^ Lazare Nicolas M. Carnot, Mémoire sur la relation qui existe entre les distances respectives de cinq point quelconques pris dans l'espace, p. 105 at Google Books
  4. ^ James Mill Peirce, A Text-book of Analytic Geometry at Google Books. The oldest citation in the 2nd edition of the Oxford English Dictionary is from 1907. もちろん relative value(相対値)と対照を成す語としても absolute value(絶対値)は使われる
  5. ^ Nicholas J. Higham, Handbook of writing for the mathematical sciences, SIAM. ISBN 0-89871-420-6, p. 25
  6. ^ Spivak, Michael (1965). Calculus on Manifolds. Boulder, CO: Westview. pp. 1. ISBN 0805390219 
  7. ^ Munkres, James (1991). Analysis on Manifolds. Boulder, CO: Westview. pp. 4. ISBN 0201510359 
  8. ^ Mendelson, p. 2.
  9. ^ Stewart, James B. (2001). Calculus: concepts and contexts. Australia: Brooks/Cole. ISBN 0-534-37718-1 , p. A5
  10. ^ a b Weisstein, Eric W. "Absolute Value". mathworld.wolfram.com (英語).
  11. ^ Bartel and Sherbert, p. 163
  12. ^ Peter Wriggers, Panagiotis Panatiotopoulos, eds., New Developments in Contact Problems, 1999, ISBN 3-211-83154-1, p. 31–32

参考文献

  • Bartle; Sherbert; Introduction to real analysis (4th ed.), John Wiley & Sons, 2011 ISBN 978-0-471-43331-6.
  • Mendelson, Elliott, Schaum's Outline of Beginning Calculus, McGraw-Hill Professional, 2008. ISBN 978-0-07-148754-2.

関連項目

外部リンク