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数学においてポアンカレ双対(Poincaré duality)定理とは、アンリ・ポアンカレ(Henri Poincaré)の名前にちなんでいるが、多様体ホモロジー群コホモロジー群の構造の基本的結果である.多様体 M が(境界を持たないコンパクトな)n-次元向き付け可能閉多様体であれば、すべての整数 k に対し、Mk次コホモロジー群は、(n − k)次ホモロジー群に同型である.

任意の係数環関しては向き付け可能な限りで、ポアンカレ双対が成立する.特に、すべての多様体は mod 2 の一意の向き付けを持つので、ポアンカレ双対は mod 2 では向き付け可能という前提は必要なくなる.

歴史

1893年にアンリ・ポアンカレにより、ポアンカレ双対の原型は証明なしで始めて述べられた.このときはベッチ数の言葉で、閉じた(つまり、コンパクトで境界を持たない)向き付け可能な n-次元多様体のk 次と (nk) 次ベッチ数は等しいと記述されている.コホモロジー の考え方は、さらにこれより40年程後で提出された.ポアンカレの1895の論文 Analysis Situs英語版 では、この定理を彼の開発したトポロジーの交叉理論を使い証明しようとした.ポール・ヒーガード英語版(Poul Heegaard)の論文への批判は、証明に重要な欠点のあることをポアンカレに悟らせた.ポアンカレは、Analysis Situs の最初に2つのことを補ない、双対な三角(分解)のことばで新しい証明を与えた.

ポアンカレ双対は1930年代にコホモロジーの登場まで現代的な形をとってはいない.コホモロジーの登場は、エドワード・チェック英語版(Eduard Čech)とハスラー・ホイットニー(Hassler Whitney)がカップ積(cup product)やキャップ積(cap product)を考え出し、これらの新しい言葉でポアンカレ双対を定式化したときであった.

現代的定式化

ポアンカレ双対定理の現代的なステートメントは、ホモロジーとコホモロジーの言葉で記述される.M を閉じた向き付け可能な n-次元多様体で、k を整数とすると、k-次コホモロジー群 Hk(M) から (n − k)次ホモロジー群 Hn − k(M) へ標準的な同型が存在する(ここに、ホモロジーとコホモロジーは、整数の係数環と持つとするが、一般の係数環であっても同型が成立する).特に、Hk(M) の一つの元から、M基本類を持つ向き付られた M の上のキャップ積への写像が存在する.

非コンパクトな多様体に対しては、コホモロジーを、コンパクトなサポートを持つコホモロジー英語版へと置き換えねばならない.

ホモロジー群とコホモロジー群は、負の次数に対してはゼロと定義されるので、特に閉じた n-次元多様体の次数が n よりも大きなホモロジー群とコホモロジー群はゼロであることを、ポアンカレ双対は意味している.

双対セル構造

三角分割された多様体が与えられると、対応する双対多面体分割が存在する.双対多面体分解は、多様体のセル分割で、双対多面体分割の k-セルが、三角分割の (n−k)-セルと全単射で対応する.双対セルは、双対多面体(dual polyhedra)の考えを一般化したものである.

ファイル:Dually007.png
-- 最高次元の単体の中の双対セルの図示

さらに詳しく言うと、Tn-次元多様体 M の三角分割とし、ST の単体とする.S に対応する双対セル(として定義されたもの)を DS と書くことにする.さらに S を含む最高次元の T の単体とする.すると、S の頂点での部分集合と考えることができ、 を含む の頂点の全ての部分集合の重なりの中心の(の中の)凸胞体であると、 を定義する.Si-次元であるとすると DS(n−i)-次元セルであることが確認できる.さらに、T の双対セルは M のCW-分割を形成し、i-次元セル S と交わる (n−i)-次元の双対セルのみが DS である.このように、交叉をとることで与えられるペアリング は、同型 を引き起こす.ここに、 は三角分割 T のセルホモロジーであり、 はそれぞれ多様体の双対多面体分割とCW分割のセルホモロジーとコホモロジーである.これが鎖複体(chain complex)の同型であるという事実は、ポアンカレ双対の証明である.大まかに言うと、このことは三角分割 T の境界関係が、対応 の下では双対多面体分割に対して付帯的な関係であるという事実に帰する.

自然さ

Hk反変函手でることに対し、Hn − k は{{仮リンク|共変函手|en|であることに注意する.同型の族

DM : Hk(M) → Hnk(M)

は、次の意味で自然である.

f : MN

は2つの向き付けと整合性を持つ、つまり M の基本類を N の基本類に写像する n-次元多様体の間の連続写像であるとすると、

DN = f DM f,

となる.ここに ff は各々ホモロジーとコホモロジーの中に f により引き起こされた写像である.

非常に強く重要な前提が fM の基本類を N の基本類に写像するということに注意する必要がある.一般には f がコホモロジーへは単射な写像ではないので、自然さは任意の連続写像 f に対しては成立しない.例えば、f を被覆写像とすると、M の基本類は N の基本類の多重積(multiple)への写像となる.この多重度(multiple)が写像 f の次数(degree)である.

双線型にペアリングする定式化

M をコンパクトで境界を持たず向き付け可能とし、

トーション部分群とし、

自由(free)な部分とする.このセクションでは、すべてのホモロジー群は整数に係数を持つこととすると、(以下に説明する)双対なペアとなる双線型写像(bilinear maps)が存在する.

(ここに は、加法群として取られる整数による有理数の商である.)
(トーションのリンク形式では、次元に −1 があるので、ペアの次元は ではなく の違いを同一視して加える.)

最初の式は典型的で、交叉積(intersection product)と呼ばれ、次の式は、トーションのリンク形式(torsion linking form)である.多様体 M が滑らかとすると、交叉積は基本類を横断方向に摂動し元の向き付けられた交叉数を計算することで得られる.トーションリンク形式は、あるクラス z の境界として nx を実現することで xy のペアリングを計算する.式は分子が zy の横断的な交叉数で、分母が n の分数である.

ペアリングが双対ペアであるということは、ペアリングに伴う写像が、

が群の同型であることを意味する.

この結果は、ポアンカレ双対

普遍係数定理の応用で、普遍係数定理は次の同一視を与える.

このようにしてポアンカレ双対は、同型写像を与える自然な写像がないにもかかわらず、 が同型であることを言っている.さらに、自然ではないにもかかわらず、 も同型であることを言っている.

中間次元

最高の次元でポアンカレ双対は、異なるホモロジー群の間に双線型な ペアリング を引き起こすが、一方、中間次元ではポアンカレ双対は単一のホモロジー群上に双線型形式(bilinear form)を引き起こす.この結果として得られる交叉形式英語版(intersection form)は非常に重要な位相不変量である.

「中間次元」の意味は、奇偶(パリティ parity)に依存している.より一般的な偶数次元 では、中間次元はk と表され、中間ホモロジーの自由部分の形式が

存在する.

それに対して、議論されることの少ない奇数次元 では、最も単純に低い中間次元 k であり、その次元でのホモロジーのローション部分の形式

が存在する.しかしながら、低い中間次元 k と、高い中間次元 k+1 のホモロジーの自由部分の間のペアリングが存在する.

この帰結する群は、双線型形式となる単独の群ではないが、単体鎖複体であり、代数的L-理論英語版で研究されている.

応用

このポアンカレ双対のアプローチは、プルツツキー(Przytycki) と 安原(Yasuhara)により基本ホモトピーと3次元レンズ空間の微分同相分類を与えるために使われた.[1]

トム同型の定式化

以下に説明するように、トム同型定理英語版(Thom Isomorphism Theorem)にも、ポアンカレの双対は深く関連している.説明のために、 をコンパクトな境界のない向き付けられた n-次元多様体として、 の自分自身との積とし、 の対角の開いた管状近傍とする.次の写像を考える.

  • ホモロジークロス積(Homology Cross Product)(キネットの定理英語版
  • 包含写像(inclusion)
  • 切除写像(切除定理英語版(excision map)、ここに の対角の法ディスクバンドル英語版(normal disc bundle)である.
  • トム同型英語版(Thom Isomorphism)、この写像は、向き付けられたバンドルである標準的な同一視 として存在するので、トム同型が適用される.

結びつけると、これが写像 を与え、交叉積(intersection product)を与える.厳密にいうと、上記の交叉積の一般化であるが、これも交叉積と呼ばれる.キネットの定理英語版(Künneth theorem)も同様にして、トーションリンク形式を与える.

ホモロジー論がトム同型を持つことが、一般ホモロジー論英語版(generalized homology theories)でのポアンカレ双対を定義することの意味を与えた.このことにより、(一般ホモロジー論での)ポアンカレ双対の定式化の人気が非常に高くなった.[2]現在では、ホモロジー論のトム同型は、ホモロジー論の[[向き付け可能|向き付け}}の一般化されたものとして受け入れられている.例えば、多様体上のLua エラー モジュール:仮リンク 内、22 行目: attempt to index local 'title' (a nil value)は、まさに複素位相K-理論の意味で向き付け可能であるべきものであることが判明している.

一般化と関連する結果

ポアンカレ-レフシェッツ双対定理英語版(Poincaré-Lefschetz duality theorem)(レフシェッツ双対定理と呼ばれる)は境界を持つ多様体への(ポアンカレ双対の)一般化である.向き付け可能ではない場合では、局所向き付けの(sheaf)を考えに入れて、向き付け可能(orientability)と独立であるステートメントを得ることができる.ツイストされたポアンカレ双対英語版(Twisted Poincaré duality)を参照のこと.

ブランチフィールド双対(Blanchfield duality)は、多様体のアーベル被覆空間のホモロジーと対応するコンパクトサポートのコホモロジーの間の同型をもたらすポアンカレ双対性のバージョンである.ブランチフィールド双対は、アレクサンダー加群についての基本構造を得ることに使われたり、結び目符号英語版(signatures of a knot)を定義したりすることに使われる.

1955年頃以来のK-理論や他の 特別な理論を含むホモロジー論の発展に伴い、ホモロジー H* は他の理論によって取って代わらるようになったが、一度、多様体上の積が構成されると、一般性を持つ教科書的な扱いがある.特に、一般ホモロジー論英語版(generalized homology theory)のポアンカレ双対は、ホモロジー論に関して向き付けの考えを要求し、一般化されたトム同型定理英語版(Thom Isomorphism Theorem)のことばで定式化される.この観点でのトム同型定理は、一般ホモロジー論のポアンカレ双対の原点的なアイデアと考えることができる.

ヴェルディエール双対英語版(Verdier duality)は、(特異点を持っているような)幾何学的対象への適切な一般化である.特異点を持っているかも知れない対象とは、解析空間英語版スキーム(scheme)である.一方、交叉ホモロジー英語版(intersection homology)は、実代数多様体や複素代数多様体のような層化された空間英語版(stratified space)についてロバート・マックファーソン英語版(Robert MacPherson)とマーク・ゴレスキー英語版(Mark Goresky)により開発され、層化された空間へポアンカレ双対が一般化されている.

代数トポロジーの幾何学的双対にはほかにも多くの形があり、レフシェッツ双対英語版アレクサンダー双対英語版ホッジ双対やホモトピー論のS-双対などがある.

さらに代数的なことでは、ポアンカレ複体英語版(Poincaré complex)の考え方もあり、これは多様体の特異鎖複体(singular chain complex)のように振舞う代数的対象である.代数的対象は、(基本類に対応する)別な元に関して、ホモロジー群でのポアンカレ双対性をうまく満たす.これらは、多様体について代数化するために手術理論英語版(surgery theory)で使われる.ポアンカレ空間英語版(Poincaré space)は、特異鎖複体がポアンカレ複体である複体のことを言う.ポアンカレ空間であるということは、全ての多様体に言えることではなく、障害理論英語版により理解することが可能な「障害」を持つ多様体である.

参考項目

参考文献

  1. ^ Przytycki; Yasuhara (2003), “Symmetry of Links and Classification of Lens Spaces”, Geom. Ded. 98 (1) 
  2. ^ Rudyak, Y. (1998), On Thom Spectra, Orientablility and Cobordism, Springer SMM, ISBN 3-540-62043-5 

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