出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| この記事は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。(このテンプレートの使い方) 出典検索?: "野宮三郎" – ニュース · 書籍 · スカラー · CiNii · J-STAGE · NDL · dlib.jp · ジャパンサーチ · TWL(2018年9月) |
| この記事の主題はウィキペディアにおける独立記事作成の目安を満たしていないおそれがあります。 目安に適合することを証明するために、記事の主題についての信頼できる二次資料を求めています。なお、適合することが証明できない場合には、記事は統合されるか、リダイレクトに置き換えられるか、さもなくば削除される可能性があります。 出典検索?: "野宮三郎" – ニュース · 書籍 · スカラー · CiNii · J-STAGE · NDL · dlib.jp · ジャパンサーチ · TWL(2018年9月) |
野宮 三郎(のみや さぶろう、1891年(明治24年)4月28日 - 1950年(昭和25年)10月3日)は、海軍機関少将。
明治24年4月28日 広島県竹原市に誕生。
大正3年 海軍機関学校卒業(22期生)。
大正3年 二等巡洋艦「津輕」に、第二十二期 機関少尉候補生として練習航海に出航[1]。
大正9年-10年 軍艦「浅間」の機関大尉として練習航海巡行に出航(世界一周)。艦隊司令官は船越海軍中将[2]。
昭和6年-7年 軍艦「磐手」の機関中佐として練習航海巡行に出航(豪州他)。艦隊司令官は今村海軍中将[3]。
昭和25年10月3日 上野寛永寺に永眠。
- ^ 大正3年9月10日発行 [軍艦津輕練習航海記念] 編纂者 軍艦津輕 非売品
- ^ 大正10年6月10日印刷納本 [大正9.10年習艦隊巡航記念 編纂者 練習艦隊浅間磐手寫眞帖委員会 非売品
- ^ 昭和7年12月20日印刷 [昭和6.7年度練習艦隊巡行記念] 編纂者 昭和6・7年度練習艦隊司令部 非売品