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2020年6月10日 (水) 17:24時点における版
祐心(ゆうしん、寛正4年(1463年) - 延徳2年閏8月12日[1](1490年9月26日))は、室町時代後期の女性。
本願寺8世蓮如(兼寿)の七女。母は第二夫人伊勢貞房の娘・蓮祐で、第一夫人・如了の妹である。
白川資氏王の妻となり、真永、白川雅業王、女子三人(興行寺4世蓮尭(康恵)室[2]、専修寺顕誓室、興正寺蓮秀室[3])を儲けた。
延徳2年死去。享年28歳。
蓮如の娘には同じ法名の女子がいるが、そちらは妹で、中山宣親の妻である。
脚注
- ^ 『系図纂要』第四冊、p.419。
- ^ 祐心の姉・如空が蓮尭の母であるため、祐心の女子と蓮尭はいとこ同士の結婚となる。彼女は蓮尭との間に興行寺5世蓮恵(兼英)・女子(善徳寺孝政室)を儲けた。
- ^ 『系図纂要』別巻一、p.62-63。資氏王の母と同じであることが記載されている。
出典
参考文献
関連項目
- 祐心 - 曖昧さ回避ページ