「ケトンの不斉還元」の版間の差分
m →概要 |
|||
6行目: | 6行目: | ||
触媒によるケトンの非対称還元は[[ボラン]]や{{仮リンク|カテコールボラン|en|catecholborane}}を還元剤として当量使用した時に、触媒としてオキサザボロリジンを使った時に達成された<ref>Hirao, A.; Itsuno, S.; Nakahama, S.; Yamazaki, N. ''J. Chem. Soc., Chem. Commun.'' '''1981''', 315.</ref>。オキサザボロリジンは今でも単純なケトンの還元に日常的に用いられている。 |
触媒によるケトンの非対称還元は[[ボラン]]や{{仮リンク|カテコールボラン|en|catecholborane}}を還元剤として当量使用した時に、触媒としてオキサザボロリジンを使った時に達成された<ref>Hirao, A.; Itsuno, S.; Nakahama, S.; Yamazaki, N. ''J. Chem. Soc., Chem. Commun.'' '''1981''', 315.</ref>。オキサザボロリジンは今でも単純なケトンの還元に日常的に用いられている。 |
||
最近では、立体選択的還元の際[[水素]] (H<sub>2</sub>)や[[ギ酸]](HCO<sub>2</sub>H)、[[イソプロパノール]]((CH<sub>3</sub>)<sub>2</sub>CHOH)など安い還元剤を利用できる触媒として[[遷移金属]]に注目が集まっている。ギ酸とイソプロパノールはH<sub>2</sub>分子が還元剤から[[基質 (化学)|基質]]に移動する |
最近では、立体選択的還元の際[[水素]] (H<sub>2</sub>)や[[ギ酸]](HCO<sub>2</sub>H)、[[イソプロパノール]]((CH<sub>3</sub>)<sub>2</sub>CHOH)など安い還元剤を利用できる触媒として[[遷移金属]]に注目が集まっている。ギ酸とイソプロパノールはH<sub>2</sub>分子が還元剤から[[基質 (化学)|基質]]に移動する[[移動水素化]]に用いられる<ref name=mao />。遷移金属の触媒する反応で起こる{{仮リンク|不斉誘導|en|Asymmetric induction}}はキラルな[[ルイス塩基]]性[[配位子]]を触媒量使用することで起こる。金属触媒に[[キレート]]配位できるケトンは遷移金属触媒を利用した際の立体選択性がオキサザボロリジンに比べて高くなり、[[副反応]]も起こりにくくなる<ref>Giacomelli, G.; Lardicci, L.; Palla, F. ‘’[[Journal of Organic Chemistry]].'' '''1984''', ''49'', 310.</ref>。 |
||
<span style="float:right;padding-right:50px;padding-top:10px;">'''''(1)'''''</span><center>[[ファイル:KetRedGen.png]]</center> |
<span style="float:right;padding-right:50px;padding-top:10px;">'''''(1)'''''</span><center>[[ファイル:KetRedGen.png]]</center> |
2019年4月16日 (火) 16:26時点における版
ケトンの不斉還元(英語:Enantioselective ketone reductions)はプロキラルなケトンをキラルで、かつラセミ体でないアルコールに変換する方法で、立体化学が固定されているアルコールを合成するのに幅広く用いられている[1]。
概要
H2が炭素-酸素二重結合に付加するカルボニル還元は直接アルコールを合成する方法である。この反応には水素化アルミニウムリチウム、水素化ホウ素ナトリウム、水素化ホウ素アルコキシド、水素化アルミニウムアルコキシドやボランなど当量の還元剤が必要になる。立体選択的なケトンの還元のため、化学者は最初キラルでかつラセミ体でない還元剤の合成に注力した。しかしキラルな還元剤は高い立体選択性を示すものの、反応当量が必要であることが壁となった[2]、
触媒によるケトンの非対称還元はボランやカテコールボランを還元剤として当量使用した時に、触媒としてオキサザボロリジンを使った時に達成された[3]。オキサザボロリジンは今でも単純なケトンの還元に日常的に用いられている。
最近では、立体選択的還元の際水素 (H2)やギ酸(HCO2H)、イソプロパノール((CH3)2CHOH)など安い還元剤を利用できる触媒として遷移金属に注目が集まっている。ギ酸とイソプロパノールはH2分子が還元剤から基質に移動する移動水素化に用いられる[4]。遷移金属の触媒する反応で起こる不斉誘導はキラルなルイス塩基性配位子を触媒量使用することで起こる。金属触媒にキレート配位できるケトンは遷移金属触媒を利用した際の立体選択性がオキサザボロリジンに比べて高くなり、副反応も起こりにくくなる[5]。
(1)
反応機構と立体化学
オキサザボロリジン反応
オキサザボロリジン還元の反応機構はab initioという計算法によって明らかになった[6]。ボランがオキサザボロリジンの窒素原子に配位することで錯体Iが生成し、これにケトン分子が配位することで錯体IIが生成する。錯体IIから錯体IIIへのヒドリドシフトの途中の遷移状態でかさ高い置換基であるケトンは、多くの場合窒素原子に結合し、外向きに配座されているオキサザボロリジンの置換基との立体障害を避けるため内向きに配座される。ヒドリドシフトが完了すると、錯体IIIが切り離されて次の反応が起こる。
(2)
遷移金属触媒反応
遷移金属触媒反応は還元剤や金属によって反応機構が変わるため、様々な反応機構で進む可能性がある。しかし詳細な反応機構にかかわらず、立体選択性を決めるのは金属中心に結合するキラルな配位子の空間的性質である。信頼できる立体化学モデルとしてBINAPを用いた還元のモデルが開発されている[7]。BINAPがルテニウムのような遷移金属にキレート配位すると、リン原子の 擬アキシアル位もしくは擬エカトリアル位にフェニル基が結合する。擬エカトリアル位に結合したフェニル基はBINAPの配位子と反対側の空間を占めようとし、その結果キレート配位することができるケトンが優先して生成する(α-アミノケトンやβ-ケトエステルなど)。ここで生成するケトンは多くの場合より開けた空間を占有するので、面を1つしか持たないケトンへの水素伝達が容易になる。錯体は空間的にC2対称であるため、面を1つしか持たないケトンが開放空間で触媒と反応できるようになる。
(3)
特長と限界
量論的不斉水素還元
キラルなアルコキシド配位子によって修飾された水素化アルミニウムリチウム(LAH)は、高い収率と立体選択性を示すため、不斉合成に用いられる。これには不均化やLAHが起こす余計な還元反応を抑制するため、BINOLなどが使用される[8]。キラルなジアミンやアミノアルコールが不斉還元のためのLAHの修飾に用いられる。
(4)
キラルに修飾されたヒドロホウ素化物もケトンの不斉還元に有用である。アミノ酸の誘導体である安価な配位子がヒドロホウ素化物の修飾に用いられ、高い立体選択性を実現している[9]。
(5)
キラルなアルキル水素化ホウ素化物はキラルなアルケンをジアステレオ選択的にヒドロホウ素化することが可能である。ピネンから得られるボランはこの場合では不斉還元に利用されてきた[10]。中性のアルコキシボランはこの還元によって生じる。
(6)
ケトンの触媒還元
ボランまたはカテコールボランをケトンの還元剤として用いる際、キラルなオキサザボロリジンを触媒として用いることができる。カテコールボランはボランがルイス塩基に付加した溶液の代わりに用いることができる[11]。
(7)
正味の変化が、ある有機分子から他の分子への水素原子の移動である還元反応は移動水素化と呼ばれる。ケトンへの水素移動反応が起こるとアルコールが生成し(メールワイン・ポンドルフ・バーレー還元)、ここでキラルな遷移金属触媒が存在すると反応が立体選択的に進行する。キラルなジアミンが存在すると、ルテニウムがアリルケトンとイソプロパノールの間での立体選択的な水素移動を触媒する[12]。なおルテニウムの代わりにサマリウム(III),[13]、イリジウム(I),[14]、ロジウム(I)[15]など他の金属イオンモ用いられる。
(8)
ギ酸やギ酸塩も水素移動型水素化の還元剤として用いられる。単純なアリルケトンはキラルなアミノアルコールが配位子に入ったときに立体選択的に還元される[4]。
(9)
遷移金属触媒は、還元剤として反応によって消費される水素ガスとともに用いられることもある。キレート配位するケトンはキラルなRu(BINAP)触媒の存在下で立体選択的に還元される[16]。新たな不斉中心の立体配座はBINAPを使った水素化のモデル(図(3)参照)によって予測される。
(10)
ヒドロシリル化もシリルエーテルの加水分解の後にケトンを還元するのに使われることがある。ロジウム(I)やロジウム(III)の塩がヒドロシリル化にもっともよく使われる触媒である。PyBOX配位子があると不斉誘導が起こる[17]。
(11)
酵素による還元
微生物には、ある種の単純なケトンを非常に高い選択性をもって還元する種がいる。他の微生物を用いることもできるが、パン酵母(英語版)は酵素によってケトンを還元するのにもっともよく用いられる[18][19]。"天然型ではない"エナンチオマーをこの還元法で得るのは非常に難しい。
(12)
実験の条件と進め方
例
例はOhkuma, T.; Ooka, H.; Hashiguchi, S.; Ikariya, T.; Noyori, R. J. Am. Chem. Soc. 1995, 117, 2675.によった。
(13)
(S,S)-1,2-ジフェニルエチレンジアミン (122) (7.5 mg, 0.035 mmol)とKOH-2-プロパノール溶液 (140 μL, 0.070 mmol)を2-プロパノール(10 mL)に加え、混合物の凍結と融解を繰り返して気泡を抜く。この溶液にRuCl2[(S)-BINAP](dmf)n (269) (33.1 mg, 0.035 mmol)を加え、混合溶液に10分間超音波を当てて触媒を作用させる。1-アセトナフトン(30.0 g, 176 mmol)を2-プロパノール(90 mL)に溶かして同様に気泡を抜く。これら二つの溶液をオートクレーブに移し、水素を8atmで反応させながら、溶液を28℃で24時間激しく攪拌し続ける。水素を抜いてから減圧して溶媒を取り除き、残った溶液を蒸留して(R)-1-(1-ナフチル)エタノール (27.90 g, 収率92%, 95% ee), bp 98–100°/0.5 mmHg, [α]25D + 75.8° (c 0.99, エーテル) (文献値 (270) [α]25D + 82.1° (c 1.0, エーテル))。1HNMR > 99%.1H NMR (CDCl3/TMS): δ 1.64 (d, J = 6 Hz, 3 H), 1.95 (bs, 1 H), 5.64 (q, J = 6 Hz, 1 H), 7.43–8.10 (m, 7 H); 13C NMR(CDCl3/TMS): δ 25.50, 70.56, 123.9, 124.1, 126.5, 126.8, 128.2,128.9, 132.6, 134.0, 134.4, 142.8.[20]
脚注
- ^ Itsuno, S. ‘’Organic Reactions 1998, 52, 395. doi:10.1002/0471264180.or052.02
- ^ Yamamoto, K.; Fukushima, H.; Nakazaki, M. ‘’J. Chem. Soc., Chem. Commun. 1984, 1490.
- ^ Hirao, A.; Itsuno, S.; Nakahama, S.; Yamazaki, N. J. Chem. Soc., Chem. Commun. 1981, 315.
- ^ a b Mao, J.; Wan, B.; Wu, F.; Lu, S. Tetrahedron Letters 2005, 46, 7341.
- ^ Giacomelli, G.; Lardicci, L.; Palla, F. ‘’Journal of Organic Chemistry. 1984, 49, 310.
- ^ Nevalainen, V. Tetrahedron: Asymmetry 1992, 3, 1441.
- ^ Imamoto, T. Chemical Communications., 2009, 7447.
- ^ Chan, P. C.-M.; Chong, J. M. J. Org. Chem. 1988, 53, 5586.
- ^ Soai, K. J. 有機合成化学協会誌. 1989, 47, 11.
- ^ Ramachandran, P. V.; Brown, H. C.; Swaminathan, S. Tetrahedron: Asymmetry 1990, 1, 433.
- ^ Corey, E. J.; Balzski, R. K. Tetrahedron Letters 1990, 31, 611.
- ^ Hashiguchi, S.; Fujii, A.; Takehara, J.; Ikariya, T.; Noyori, R. J. Am. Chem. Soc. 1995, 117, 7562.
- ^ Evans, D. A.; Nelson, S. G.; Gagné, M. R.; Muci, A. R. J. Am. Chem. Soc. 1993, 115, 9800.
- ^ Zassinovich, G.; Bettella, R.; Mestroni, G.; Brestiani-Pahor, N.; Geremia, S.; Randaccio, L. Journal of Organometallic Chemistry. 1989, 370, 187.
- ^ Gladiali, S.; Pinna, L.; Delogu, G.; De Martin, S.; Zassinovich, G.; Mestroni, G. Tetrahedron: Asymmetry 1990, 1, 635.
- ^ Kitamura, M.; Okuma, T.; Inoue, S.; Sayo, N.; Kumobayashi, H.; Akutagawa, S.; Ohta, T.; Takaya, H.; Noyori, R. J. Am. Chem. Soc. 1988, 110, 629.
- ^ Nishiyama, H.; Kondo, M. Nakamura, T.; Itoh, K. Organometallics 1991, 10, 500.
- ^ Csuk, Rene.; Glaenzer, Brigitte I. (1991-01-01). “Baker's yeast mediated transformations in organic chemistry”. Chemical Reviews 91 (1): 49–97. doi:10.1021/cr00001a004. ISSN 0009-2665 .
- ^ Inoue, T.; Hosomi, K.; Araki, M.; Nishide, K.; Node, M. Tetrahedron: Asymmetry 1995, 6, 31 doi:10.1016/0957-4166(94)00344-B.
- ^ Li, X.; Wu, X.; Chen, W.; Hancock, F.; King, F.; Xiao, J. Organic Letters 2004, 6, 3321.