「近世日本国民史」の版間の差分
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2009年9月16日 (水) 16:48時点における版
近世日本国民史(きんせいにほんこくみんし)は、1918年(大正7年)から第二次世界大戦後の1952年(昭和27年)にかけて徳富蘇峰が著した、近世(安土桃山時代)以降の日本の通史。全100巻。
概要
織田信長の時代から豊臣政権、江戸時代、幕末・維新期、西南戦争までを綴ったもの。多くの資料を駆使して書かれており、個人編著の歴史書としては、世界でも屈指の規模とされる。全巻のうち7割が幕末・維新期(ペリー来航から西南戦争まで)の記述にあてられている。1937年には、学士院恩賜賞を受けた。
徳富蘇峰は1918年に国民新聞に連載を開始し、同年『織田氏時代 前篇』を刊行。以後、第二次世界大戦終戦の1945年までに第76巻の『明治天皇御宇史 15』を刊行した(いずれも民友社より)。終戦後、一時執筆作業を中断し、1951年に再開した。大久保利通の暗殺、木戸孝允の死までを描く最終巻の『明治時代』を脱稿したのは1952年と、34年をかけた文字通り畢生の大著になった(最終巻は1981年に講談社学術文庫で『明治三傑』として改題刊行)。
蘇峰は若い頃から歴史好きであり、民友社時代には吉田松陰を革命家として捉えた『吉田松陰』(1893年)を著し竹越三叉(『新日本史』『二千五百年史』)・山路愛山(『足利尊氏』)・三宅雪嶺(『同時代史』)と並ぶ「史論史学」の歴史家として名を馳せていたが、明治天皇崩御をきっかけにこの著書の編纂を思い立ったという。また、ジャーナリストとして伊藤博文や山縣有朋、桂太郎に長年親しく接した経験が参考になり、信長、秀吉、家康ら英傑の心事を推し量ることができた、とも語っている。
書誌
蘇峰没後、平泉澄の校訂で1960年から1966年にかけて時事通信社から全100冊別冊2(索引、附図)を刊行。講談社学術文庫で、1979年から1996年にかけてタイトルを一部変更して50冊が出されたが、2008年現在全点品切れ。
参考文献
以下、解説・要約書を示す。
- 平泉澄 『解説近世日本国民史』 時事通信社、1963年3月。
- 同監修 『近世日本国民史附図』 時事通信社、1960年9月。
- 同監修 『要約近世日本国民史』1 - 10、時事通信社、1967年4月 - 1968年1月。
外部リンク
- 徳富蘇峰『維新への胎動』1993 講談社学術文庫(「松岡正剛の千夜千冊」第八百八十五夜【0885】03年11月07日)
- 蘇峰「近世日本国民史」刊行一覧