安島嘉蔵
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安島 嘉蔵(あじま かぞう、天保7年5月13日(1836年6月26日) - 没年不詳)は日本の政治家。家系は安島氏。茨城県多賀郡関本村議会議員を経て、関本村長。長男は安島亀太郎。
茨城県多賀郡関本村大字山小屋に生まれ、25歳で父と妻を亡くすが、農業に精励し、実子4人、12人の養子を扶養する。 性格は温厚篤実で公共心に富み、関本村議会議員並びに檀家総代に選出され、村議会議員数期務めた後、明治15年(1882年)4月、村長となる。しかし、67歳という当時としては高齢もあり一月で退職するという。租税は二百余円を納めるという[1]。
脚注
[編集]参照文献
[編集]- 茨城新聞社編『茨城人名辞書』(崙書房、1975年)