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伊号第三百六十五潜水艦

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
艦歴
計画 昭和18年度計画(改⑤計画
起工 1943年5月15日
進水 1943年12月17日
就役 1944年8月1日
その後 1944年11月28日戦没
除籍 1945年3月10日
性能諸元
排水量 基準1,440t、常備1,779t
水中2,215t
全長 73.50m
全幅 8.90m
吃水 4.76m
機関 艦本式23号乙8型ディーゼル2基2軸
水上:1,850馬力
水中:1,200馬力
速力 水上:13.0kt
水中:6.5kt
航続距離 水上:10ktで5,000海里
水中:3ktで120海里
燃料 重油:282トン
乗員 55名
兵装 40口径14cm単装砲1門
25mm単装機銃2挺
53cm魚雷発射管 艦首2門、魚雷2本
備考 安全潜航深度:75m
物資搭載量:艦内65トン、艦外20トン[1]

伊号第三百六十五潜水艦(いごうだいさんびゃくろくじゅうごせんすいかん)は、大日本帝国海軍潜水艦伊三百六十一型潜水艦の5番艦。トラックへの輸送任務の帰路に戦没。以下、艦名は「伊365潜」と略記する。

艦歴

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1942年の改⑤計画第5465号艦[2]。1943年5月15日、横須賀海軍工廠にて起工[2]。同年12月17日に進水[2]。1944年8月1日、竣工[3]横須賀鎮守府籍。同日、第十一潜水戦隊に編入[3]

9月30日、第七潜水戦隊に編入[4]

11月1日、横須賀を発し、トラックへの輸送任務に従事[4]。11月15日、トラック着[4]。揚陸物件は不詳[5]。「伊365潜」はトラックで搭乗員や整備員などを収容した[5]。その中には小田喜一飛曹長などがいた[6]。「伊365潜」は11月16日にトラックを発したが、11月25日の連絡を最後に消息不明となった[6]。「伊365潜」は11月28日[7]に東京湾南方でアメリカ潜水艦「スキャバードフィッシュ」によって撃沈された[6]。「スキャバードフィッシュ」は生存者1名(佐々木という)を救助した[8]

12月10日、小笠原で喪失と認定される。1945年3月10日、除籍。

歴代艦長

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艦長

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  1. 中村元夫 少佐:1944年8月1日 - 11月28日戦死[9] 父・中村亀三郎

脚注

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  1. ^ 数値は『写真 日本の軍艦』の解説より。『艦長たちの軍艦史』によると伊361型の搭載量は艦内65トン、艦外40トンで合計105トン
  2. ^ a b c 輸送潜水艦伊号第361型列伝、88ページ
  3. ^ a b 輸送潜水艦伊号第361型列伝、92ページ
  4. ^ a b c 戦史叢書第98巻 潜水艦史、381ページ
  5. ^ a b 輸送潜水艦伊号第361型列伝、95ページ
  6. ^ a b c 輸送潜水艦伊号第361型列伝、96ページ
  7. ^ 『艦長たちの軍艦史』によると29日
  8. ^ 輸送潜水艦伊号第361型列伝、97ページ
  9. ^ 『艦長たちの軍艦史』445頁。

参考文献

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