コンテンツにスキップ

ロングヴィル子爵

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ロングヴィル子爵(ロングヴィルししゃく、: Viscount Longueville)は、イギリスの貴族爵位。イングランド貴族アイルランド貴族でそれぞれ1度創設され、いずれも廃絶している。

歴史

[編集]

第15代ルシンのグレイ男爵英語版ヘンリー・イェルヴァートン(c.1664–1704)名誉革命ウィリアム3世を支持して、1690年4月21日にイングランド貴族であるド・ロングヴィル子爵Viscount de Longueville)に叙された[1]。叙爵の特許状では「ド・ロングヴィル子爵」だったが、イングランド貴族院では「ロングヴィル子爵」(Viscount Longueville)として紹介英語版され、2代子爵も「ロングヴィル子爵」として昇叙を受けた[1]

2代子爵タルボット・イェルヴァートン(1690–1731)ホイッグ党に属し、ジョージ1世が即位した後の1717年9月26日にグレートブリテン貴族であるサセックス伯爵に叙された[2]。以降息子2人が爵位を継承したが、3代伯爵ヘンリー・イェルヴァートン(1728–1799)の死とともにルシンのグレイ男爵以外の爵位はすべて廃絶した[3]

コーク県出身でアイルランド王国の政治家であるリチャード・ロングフィールド(1734–1811)は兄ジョンの息子ロバート・ロングフィールド(1756–1778)の遺産を相続したのち、1795年10月11日にアイルランド貴族であるコーク県におけるロングヴィル男爵に叙され、1800年12月29日にコーク県におけるロングヴィル子爵に叙された[4]。彼はのちにアイルランド貴族代表議員も務めたが、妻との間で息子をもうけず、爵位は1代で廃絶した[4]。遺産は叔父ジョン(1695–1765)の息子マウンティフォート・ロングフィールド(1746–1819)が相続した[5]

ロングヴィル子爵(1690年)

[編集]

ロングヴィル子爵(1800年)

[編集]

出典

[編集]
  1. ^ a b Cokayne et al. 1926, p. 162.
  2. ^ Cokayne & White 1953, p. 534.
  3. ^ Cokayne & White 1953, p. 535.
  4. ^ a b Cokayne & Doubleday 1932, p. 129.
  5. ^ Jupp, P. J. (1986). "LONGFIELD, Mountifort (1746-1819), of Castle Mary, co. Cork.". In Thorne, R. G. (ed.). The House of Commons 1790-1820 (英語). The History of Parliament Trust. 2024年3月24日閲覧

参考文献

[編集]