コージー大内
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コージー大内 | |
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コージー大内 (2024年) | |
基本情報 | |
出生名 | 大内浩二 |
生誕 | 1967年[1][2] |
出身地 | 日本 大分県日田市[1][2] |
ジャンル | ブルース |
職業 | シンガー、ギタリスト、ソングライター |
担当楽器 | ギター |
活動期間 | 2008年 - |
レーベル | マルヨシ |
共同作業者 | 吾妻光良、JOJO澤渡 |
公式サイト | https://kozyouchi.adliv.jp/ |
コージー大内(本名: 大内 浩二〈おおうち こうじ〉)は、日本のブルース・シンガー、ギタリスト、ソングライター。ライトニン・ホプキンズ直系のギターに出身地の日田弁を乗せた「弁ブルース」で話題となる[3]。
来歴
[編集]1967年、大分県日田市生まれ。10代の頃、ボブ・ディランやビートルズにあこがれてギターを始める[2]。21歳のとき故郷の友人を頼って東京で移住。ライトニン・ホプキンズの音楽に出会い、ブルースを志す[4]。
26歳のとき、阿佐ヶ谷のブルース・バー、ギャングスターで初ライヴを行なう。以後「ライトニン大内」の名前で東京を中心に活動を続けた。30代になってから、自らのルーツである日田弁でブルースを歌うようになった[5]。
2008年、名前を「コージー大内」と改め、41歳にしてアルバム『角打ブルース』でCDデビューを果たす。日田弁を前面に押し出し、ギャンブル好きの父親や青春時代の初恋の物語など、彼の生まれ故郷での生活感に溢れる歌を紡ぎ出すコージーの歌をレコーディングを担当した吾妻光良は「弁ブルース」と命名[3]。たちまち日本のブルース・ファンの心をつかんだ[1]。メディアにも取り上げられ、日本各地へツアーをするようになった[4]。
2021年には、映像作家の佐藤博昭の手によってドキュメンタリー映画「ブルースんどれい」が完成。2016年から2021年までのコージーの東京でのライヴを始め、故郷での凱旋コンサートなどの様子が捉えられている[1]。
2024年、スタジオ・レコーディングのアルバムとしては12年ぶりとなる『夜明のステーション』をリリースした。
ディスコグラフィー
[編集]- 2008年 『角打ブルース』(マルヨシ)
- 2012年 『X(ばってん)ブルース』(マルヨシ)
- 2016年 『一番街 Live atチェッカーボード』(マルヨシ)
- 2024年 『夜明のステーション』(マルヨシ)[6]
脚注
[編集]- ^ a b c d 日田弁ブルースで唯一無二の存在となったコージー大内のドキュメンタリー映画『ブルースんどれい』が完成 (ブルース&ソウル・レコーズ)2024年10月1日閲覧
- ^ a b c コージー大内 コージーオオウチ(日) (Fuji Rock Festival) 2024年10月1日閲覧
- ^ a b コージー大内 角打ブルース (メタカンパニー) 2024年10月1日閲覧
- ^ a b コージー大内公式プロフィール 2024年10月1日閲覧
- ^ Kozy Ouchi コージー大内 (Pヴァイン・レコード) 2024年10月1日閲覧
- ^ コージー大内公式サイト 2024年10月1日閲覧