コオリウオ科

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コオリウオ科
Chaenocephalus aceratus
分類
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
: 条鰭綱 Actinopterygii
: スズキ目 Perciformes
亜目 : ノトテニア亜目 Notothenioidei
: コオリウオ科 Channichthyidae
学名
Channichthyidae
[1]
Chionodraco hamatus

コオリウオ科(コオリウオか、Channichthyidae)はノトテニア亜目(Notothenioidei)に属する科。 南極大陸南米大陸の南の周辺の冷たい海域(南極海の水温は-1.8℃ ~ +2.0℃[2]の間で比較的安定している)に分布する。コオリウオ科には16種が確認されている[3]

特徴[編集]

コオリウオは魚食動物(piscivore)と考えられるが、オキアミも食す[4]。コオリウオは待ち伏せ型の捕食者(Ambush predator)である。自身の体長の50%にもなる魚を捕食するが、長い期間、摂食せずに生存できる。コオリウオの体長は25 - 50センチメートルと記録されている[5]

2022年までにドイツの研究チームは、南極海の深海底で、約6,000万個にも及ぶカラスコオリウオの巣が集まった繁殖地を発見した。この繁殖地はアザラシの生息域・活動域と一致していることから、アザラシに捕食されていると見られている[6]

循環器 呼吸器[編集]

ヘモグロビン[編集]

コオリウオの血液は無色透明である。これは血液中に酸素を運搬するタンパク質であるヘモグロビンが存在しないためである[3][7]。コオリウオは、成体になってもヘモグロビンを持たない唯一の脊椎動物として知られている。コオリウオにはヘモグロビンの遺伝子の痕跡が残されているが、ヘモグロビンを生産しない。 ヘモグロビンはαサブユニットとβサブユニットと呼ばれる2種類のサブユニットから成るが、コオリウオ科の16種中の15種においてβに関わる遺伝子が完全に消失し、αについても部分的欠損がみられた[8]。残りの1種であるNeopagetopsis ionahは、他の種に比べ、遺伝子を多く残すが、いずれにせよヘモグロビン遺伝子は機能していない[9]

ほぼすべての種類で赤血球を欠いており、あったとしても少量の残骸である[10]。 酸素はヘモグロビンを介さず、血漿に溶解されて運ばれる。低い代謝と低温で酸素が血漿に溶解しやすい環境であるため、ヘモグロビンを持たないでも生存できる[3](一般に、気体の水への溶解度は、水が低温であるほど大きい)。しかしながら、酸素運搬能はヘモグロビンの10%以下である[11]

ミオグロビン[編集]

酸素を筋肉中に貯蔵するタンパク質であるミオグロビンは、すべてのコオリウオの骨格筋に存在しない。ただし、コオリウオ科の10種では、心筋の特に心室にミオグロビンがみられる[12]。コオリウオの心室の心筋におけるミオグロビンの遺伝子発現は、少なくとも四つの別々の時代に分けて失われていったと考えられている[3][13]

適応[編集]

コオリウオには、毛細血管を含む血管が大きく(太く)、血液量が多く(一般的な魚類の4倍)、心臓が大きく、心拍出量が大きい(一般的な魚類の5倍)等[3]、ヘモグロビンの欠落を補うだけの、様々な特徴が見られる。 心臓には冠状動脈がないが、心室の筋肉がスポンジ状に発達し、心臓を通過する血液から直接酸素を吸収できる[14]。 この心臓と太い血管と低粘度(赤血球がない)の血液によって、血液は低血圧大流量[15]となる。 かつては、鱗のない皮膚によって酸素が取り込まれていると考えられていたが、現在では、皮膚から取り込まれる酸素量は鰓から取り込まれる酸素量よりはるかに小さいことがわかっている[14]。わずかに皮膚から取り込まれた酸素は、静脈中の酸素を増やし、心臓に酸素を供給する役割の一部を担っている可能性がある[14](魚類の循環器は心臓→鰓→組織→心臓)。

進化[編集]

ヘモグロビンの欠落は、極寒の環境への適応(酸素の溶解度が大きいためにヘモグロビンへの依存が小さくなり、赤血球の欠落は血液の粘性を低くした)と考えられてきた。しかし、最新の研究ではヘモグロビンの欠落は適応的でないと考えられている[3]。事実、 コオリウオは血液の循環に一般的な魚類の2倍にあたるエネルギーを費やすなど、生理学的にヘモグロビンの欠落を大胆に補っている[3]

コオリウオは底魚を祖先に持つ。冷たく、栄養豊富で、酸素に富んだ南極海の海水は、たとえ効率の悪いヘモグロビンのない低代謝な種でも生き延びていける環境を提供した。

第三紀(6430万年前から260万年前)半ばに南極海で種が爆発し、 様々な棲み分けが発生した。競争のすくない南極海では、ヘモグロビンを持たない適応に乏しい突然変異体でも、棲み分けられた環境の中で子孫を残し、その突然変異の欠点を補う為の進化をすることが許された。また、後に、フィヨルドに幾つかの種が生息した。こういった環境がミオグロビンの欠落も許したと考えられる[3]

脚注[編集]

  1. ^ Froese, Rainer, and Daniel Pauly, eds. (2013). "Channichthyidae" in FishBase. February 2013 version.
  2. ^ Clarke, A (1990). “Temperature and evolution: Southern Ocean cooling and the Antarctic marine fauna”. Antarctic Ecosystems: 9–22. doi:10.1007/978-3-642-84074-6. 
  3. ^ a b c d e f g h Sidell, Bruce D; Kristin M O'Brien (2006-05-15). “When Bad Things Happen to Good Fish: The Loss of Hemoglobin and Myoglobin Expression in Antarctic Icefishes”. Journal of Experimental Biology 209 (10): 1791–1802. doi:10.1242/jeb.02091. ISSN 0022-0949. PMID 16651546. http://jeb.biologists.org/content/209/10/1791 2012年4月7日閲覧。. 
  4. ^ LaMesa, Mario (2004). “The role of notothenioid fish in the food web of the Ross Sea shelf waters: a review”. Polar Biology 27: 321–338. doi:10.1007/s00300-004-0599-z. 
  5. ^ Artigues, Bernat (2003). “Fish length-weight relationships in the Weddell Sea and Bransfield Strait”. Polar Biology 26: 463–467. doi:10.1007/s00300-003-0505-0. 
  6. ^ 南極海底に「世界最大」の繁殖地 コオリウオの巣、ずらり6千万個”. 朝日新聞DIGITAL (2022年1月23日). 2022年2月23日閲覧。
  7. ^ Ruud, Johan T. (1954-05-08). “Vertebrates without Erythrocytes and Blood Pigment”. Nature 173 (4410): 848–850. doi:10.1038/173848a0. PMID 13165664. http://www.nature.com/nature/journal/v173/n4410/abs/173848a0.html 2012年4月7日閲覧。. 
  8. ^ Cocca, E (1997). “Do the hemoglobinless icefishes have globin genes?”. Comp. Biochem. Physiol. A 118: 1027–1030. doi:10.1016/s0300-9629(97)00010-8. 
  9. ^ Near, T. J.; Parker, S. K.; Detrich, H. W. (2006). “A genomic fossil reveals key steps in hemoglobin loss by the antarctic icefishes”. Molecular Biology and Evolution 23 (11): 2008–2016. doi:10.1093/molbev/msl071. PMID 16870682. 
  10. ^ Barber, D. L; J. E Mills Westermann; M. G White (1981-07-01). “The blood cells of the Antarctic icefish Chaenocephalus aceratus Lönnberg: light and electron microscopic observations”. Journal of Fish Biology 19 (1): 11–28. doi:10.1111/j.1095-8649.1981.tb05807.x. ISSN 1095-8649. 
  11. ^ Holeton, George (2015-10-15). “Oxygen uptake and circulation by a hemoglobinless Antarctic fish (Chaenocephalus aceratus Lonnberg compared with three red-blooded Antarctic fish”. Comparative Biochemistry and Physiology 34: 457–471. 
  12. ^ Sidell, B. D.; Vayda, M. E.; Small, D. J.; Moylan, T. J.; Londraville, R. L.; Yuan, M. L.; Rodnick, K. J.; Eppley, Z. A. et al. (1997). “Variable expression of myoglobin among the hemoglobinless antarctic icefishes”. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 94 (7): 3420–3424. doi:10.1073/pnas.94.7.3420. PMC 20385. PMID 9096409. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC20385/. 
  13. ^ Grove, Theresa (2004). “Two species of Antarctic icefishes (Genus Champsocephalus) share a common genetic lesion leading to the loss of myoglobin expression”. Polar Biology 27: 579–585.. doi:10.1007/s00300-004-0634-0. 
  14. ^ a b c Rankin, J.C; H Tuurala (January 1998). “Gills of Antarctic Fish”. Comparative Biochemistry and Physiology A 119 (1): 149–163. doi:10.1016/S1095-6433(97)00396-6. ISSN 1095-6433. http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1095643397003966 2012年4月9日閲覧。. 
  15. ^ Tota, Bruno; Raffaele Acierno; Claudio Agnisola; Bruno Tota; Raffaele Acierno; Claudio Agnisola (1991-06-29). “Mechanical Performance of the Isolated and Perfused Heart of the Haemoglobinless Antarctic Icefish Chionodraco Hamatus (Lonnberg): Effects of Loading Conditions and Temperature”. Philosophical Transactions of the Royal Society of London. Series B: Biological Sciences 332 (1264): 191–198. doi:10.1098/rstb.1991.0049. ISSN 0962-8436. http://rstb.royalsocietypublishing.org/content/332/1264/191 2012年5月18日閲覧。. 

外部リンク[編集]