エルゴ・ビバームス
エルゴ・ビバームス(ラテン語: Ergo bibamus)は、ラテン語で「故に、飲もうよ」の意味で[1]、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテがドイツ語の詩に付けた題名。後にマックス・エーバーワインによって曲が付けられてドイツの学生歌として有名になった。
背景
[編集]ゲーテは1810年にルイーズ・フォン・メクレンブルク=ストレリッツの誕生日のために詩を書いた[2]。歌詞の4番に、「今日の日...特別な一撃あり」と「神の絵」(=女王の絵)でそれを暗示している。ただし異説には、アイザック・ニュートンの色彩論に対して彼の前提と結論が「故に」で結びつかないと反論したゲーテに対して、友人が「故に飲もう。」ならどのような前提にも結び付くよ、「天気がいい,故に飲もう。天気が悪い,故に飲もう。」と冗談にいった。それを面白がったゲーテが,その句を繰り返し使うこの詩を書くのを思いついたと、シューベルトの全作品にドイッチュ番号を付けて有名なオットー・エーリヒ・ドイチュが書いている。[3]
ゲーテは、有名な中世の歌集『カルミナ・クレリコルム』(Carmina collericorum)の「飲酒歌」の中で「エルゴ・ビバームス」といっていることに言及している[4]。これは、教皇マルティヌス4世(1210–1285)のお気に入りの言葉としての「エルゴ・ビバームス」があったことに影響を受けている。フランチェスコ・ディ・バルトロの『神曲』についての批評お中で、教皇は枢機卿たちの集まりの後、いつも「神の教会にどんな悪いことが起こったというのだ?エルゴ・ビバームス!」といったとある。[5]
作曲
[編集]この歌は1813年に、マックス・エーバーワイン(Max Eberwein)が曲を設定した。1858年にはすでに、全ドイツ学生歌集(Allgemeine Deutsche Kommersbuch)に収められていて、今日でもこの歌は最もよく歌われている学生歌の1つである。[6]
この歌は2002年に、ゲーテのテキストを含むアルバムのリリースの一環として、人気フォークグループのリーダーヤン(Liederjan)によって再録音された。また1926年には、オランダ人のヤコブス・ヨエンネス・ファン・デインセ(Jacobus Joännes van Deinse)は、オランダ語とドレンテ方言で作詞して(オランダ語: Er ligt tussen Dinkel en Regge een land、ドレンテ方言:Dôar lig tuss'n Déénkel en Regge 'n laand)、オランダ・ドレンテ州の「州歌」(Twents volkslied)となった。
イエナの記念碑
[編集]1986年、旧東ドイツのイエナで3年間の計画の後、「エルゴ・ビバームス記念碑」がイエナの芸術家フライムート・ドゥレロによって、材料としてプラスチックを使って建てられた。2005年には、痛みが激しくなったので青銅で建て替えられた。
歌詞
[編集]歌詞の1番は次の通り。
ドイツ語歌詞 | 日本語直訳(GFDL) |
---|---|
Ergo bibamus |
エルゴ・ビバームス |
参照項目
[編集]脚注
[編集]- ^ ergō は「だから」という接続詞、bibāmus は「飲む」(第3変化動詞bibō,-ere )の接続法・能動態・現在、1人称複数で「飲もうよ」
- ^ Otto Heuer著「 Goethe – Ergo bibamus. Einst und Jetzt」(1958)
- ^ ドイツの学生歌
- ^ Carmina clericorum, Studentenlieder des Mittelalters, ed. Domus quaedam vetus (1877)
- ^ Geflügelte Worte (1972)
- ^ ドイツ民謡集7~ドイツ学生の歌/ヴェルニゲローデ・ユーゲントコア(1998年)国立国会図書館