Wikipedia:井戸端/subj/日本語版Wikipedia内の他記事から履歴継承せず寄せ集めて書き加えることがどう問題なのかをノートまで教えに来てください!

日本語版Wikipedia内の他記事から履歴継承せず寄せ集めて書き加えることがどう問題なのかをノートまで教えに来てください![編集]

現在調査中ですが、記事ウイグルに他記事からのコピー&ペーストがいくつかあるようです。ノート:ウイグルにおいて当該記述の投稿者に対し問題があると指摘しても先方に納得していただけません。第三者からの説明を何卒お願いいたします。--ジャコウネズミ会話2012年7月24日 (火) 15:45 (UTC)[返信]

コメント安史の乱」からの転載についてですが、西方さんが「安史の乱」から「ウイグル」に転載した文章は、かつて西方さん自身が創作して「安史の乱」項に投稿した文章であるから、その文章の西方さん自身による転載に際し、履歴継承は不要であると西方さんは主張されています。西方さん自身が創作した文章であるという事実が正しいならば、西方さんの主張は妥当であり、問題ありません。一方で「東トルキスタン」はよくわかりません。--ZCU会話2012年7月24日 (火) 16:35 (UTC)[返信]
コメント上で挙げられている例のうち、「投稿者:西方」とされているものは履歴を継承する必要がありません。その他投稿者多数とされているものも、ノート最下部にあった「中央アジアとの間」を見てみたら、該当部分は西方さんの投稿でした[1]から、これも履歴を継承する必要はありません。他の「投稿者多数」とされている分は履歴や差分を確認していませんが、おおよそ西方さんを信頼できるように思います。
これらは問題ではなく、問題であるという説明は、とりあえずは無理だと思います。
他者の投稿が履歴を継承せずに転記されているようでしたら、差分を挙げて示していただければと思います。--Ks aka 99会話2012年7月24日 (火) 16:56 (UTC)[返信]
すみません、ジャコウネズミさんによって問題とされる編集を行った西方です。ジャコウネズミさんとは当該ノート他でやりとりした経緯もあり、私ももっと冷静になるべきであったと反省しております。履歴継承については、他の編集者の方への配慮ということもございますので、今後はさらに注意して、明記していこうと思います。--西方会話2012年7月24日 (火) 17:15 (UTC)[返信]
コメントちょっと調べてみました。
  • 安史の乱からのコピペ。セーフたぶんアウト(理由)自身の投稿のコピペ
  • 東トルキスタンからのコピペ。たぶんセーフ(理由)都市名をリストアップしただけではおそらく著作性は認められないでしょう。
  • 天山ウイグル王国からのコピペ。アウト(理由)コピー元の履歴に西方さんの名前はないです。
  • 中央アジアからのコピペ。たぶんセーフたぶんアウト(理由)コピーされたのは西方さんが2011年11月に加筆した部分であり、その後コピペされるまでの間に他の編集者が行ったのは一見して細部の編集にとどまるようです。ただし、西方さんによる要約欄には歴史節を関連記事を再構成し加筆とあるので、コピー元の加筆部分が他の記事からの転載・翻案である可能性は残っているようです。
    • (追記)「歴史節を関連記事を再構成し加筆」という「中央アジア」への加筆に関してはアウトです。遊牧民東トルキスタンなどからの転載・翻案のようです。「遊牧民」に関しては{{Main}}を使って加筆文中でリンクがしてあるので大丈夫かも知れないですが、「東トルキスタン」からの転載分(東トルキスタンには、古くはインド・ヨーロッパ語族の言葉を話す人(いわゆるアーリア人)が居住していた...から始まる段落)に関しては特に断り書きがないです。東トルキスタンの履歴には西方さんの名前もありますが、「中央アジア」にコピペされた部分は西方さんが編集に参加する前からあったものです[2]。(複雑に入り組んでますが、要するに、東トルキスタン 2011年10月7日 (金) 17:22の版以前に第三者が加筆した部分を2011年11月に中央アジアへコピペ。このとき同時に「中央アジア」に加筆したうち、東トルキスタンとは関係ない部分を2012年4月にウイグルにコピペ。)
  • トルキスタンからのコピペ。たぶんアウトコピペを示す正しい差分)(理由)コピー元の履歴には西方さんの名前がありますが、コピーされた部分は西方さんによる加筆ではないです。ただし、私が確認できたコピペ部分はたった2行と短いです。
結論 私が調べた範囲において、西方さんは、自分のオリジナルな投稿も織り交ぜながら、自分や他の編集者が執筆した「他記事から履歴継承せず寄せ集めて書き加える」というかなり自由奔放な編集を行っています。
(西方さんへ)履歴不継承が確認されたものについては、要約欄に補遺を追加したり、版を削除したりなどといった対処が必要になります。今後気をつければ済むという話ではないです。要約欄への履歴継承記載はほとんど手間がかからないのに対して、ご覧の通り、履歴を正しく継承しているかどうかの確認作業は非常に面倒です。今後は自身の投稿のコピペであっても必ず要約欄へ記載するよう、お願いします。利用者‐会話:西方を確認したところ、今までに複数の編集者からコピペによる記事作成を指摘されており(例1例2例3)、WP:COPYWITHINなどを提示されるたびに、了解しました。ご教示ありがとうございましたなどと応答されてますが、その後も履歴を継承しない形での転載・翻案を続けている点に関して説明していただけますでしょうか。ウイグルにおけるコピペによる加筆に関しては、ウィキペディアのライセンスの仕組みを知らなかった、などということではないはずです。--Bugandhoney会話) 2012年7月24日 (火) 19:30 (UTC)追記。--Bugandhoney会話) 2012年7月24日 (火) 21:44 (UTC)さらに追記--Bugandhoney会話2012年7月24日 (火) 22:59 (UTC)[返信]
Bugandhoneyさんへ。あなたがおっしゃるように、私は織り交ぜながら、つまり、既存の記述が出典などが明記されておらず、または内容的にも不足しているとおもわれる場合、それに出典をもって、加筆することが多いです。とはいえ、一般に加筆とはそういうものだと思いますが。
「転載・翻案」については、私の新規加筆も含まれるのでそのあたりは大丈夫ではないかと思っていました。私は加筆する方面で集中して、つい履歴継承の件を失念してしまいます。これは、私がいまなお履歴継承について、分割や、元記事の該当箇所を削除することをともなう転記・移動について、および新規記事の作成など際の重大な編集の際のものと思っているためです(あなたがあげた私の過去の事例によって学習したものです)。確認したいのですが、履歴継承が問題になるときとは、すなわち著作権侵害でしょうか?その場合、私が元記事で加筆した場合は、私に著作権が帰属するのでしょうか?その場合は、履歴継承は義務とはならないですよね?むろんその場合でさえも、履歴継承がある方が好ましいのは了解できます。また、ウィキペディアと他のメディアとの間の著作権侵害の問題についてはむろん理解しています。しかし、ウィキペディア記事間のものについては、自分自身も加筆するため、そのあたりがまだよくわかりないのが正直なところです。いつから著作権が発生するのか?加筆された時点でのものか?それとも、既存の記述を上書きした場合は、既存の記述に著作権があるのか?Wikipedia:履歴には「履歴を保存しなくてもよい場合」として、「ある文書を編集したのがただ1人の利用者であり、当該利用者が、当該文書の内容を他の文書で使用する場合。GFDLでは、利用者は自らが作成した著作物の著作権を放棄しているわけではありません。著作権者が自らの著作物を使用することは自由です」とあります。そうであれば、履歴継承は自身が元記事を執筆した場合は、「履歴を保存しなくてもよい場合」に該当するでしょう。おそらくは元記事に他の方が加筆した場合はその限りではないのでしょうが。
また、ウィキペディアはたとえば、版指定という件については、義務とはされていないですよね? 版指定が推奨されるのは了解しますが。Wikipedia:著作権の総則には、「履歴 (History)とは、現状では、「変更履歴」という項目名を持つページで、編集時の要約欄記入に基づいて自動生成されます。この他に、要約欄で履歴として指定されたページがある場合には、そのページを履歴に含みます。また、「メイン・テキスト」の投稿差分が、他言語版も含めてウィキペディアのページからの複製・転記・翻訳を含む場合には、要約欄でのリンク記入などによって指示されたそれら元ページの履歴ページを履歴に含みます。ただし、いずれの場合も、含まれる履歴は、版指定がある場合にはその版まで、版指定がない場合には当該編集時点までの履歴に限定されます。」とあります。つまり版指定を行うか行わないのかは、その編集者の判断によるのでしょうか?
それから、Wikipedia:ウィキペディア内でのコピーには「なお、要約欄を利用して履歴にリンクを記録しない場合には、本文でリンクを設置してください」とあります。そして、私はむろんこのことは必ず処置しています。もともと、改変含む転載を行う編集を私が行う動機とは、「リンク先を参照」の一文だけで済ますよりも、必要に応じて概要が記載されてある方が閲覧者にとって益であると考えるからです。そもそも、「コピー・ペースト(改変ふくむ転載)」と「コピー&カット・ペースト(元記事から該当箇所を削除)」とは異なるものであるはずなのに、あなたやジャコウネズミさんはあたかもそれを同一視なさるような発言をなさる。ご両名はこれらの件についてどうお考えであるか、私の疑問に答える義務があります。「履歴継承なければ即時削除」ということを宣言されるだけでなく、十文に、それがなぜ削除に値するのかを説明していただきたい。方針・ガイドラインには御存知の通り膨大かつ複雑で、私があげたような方針等の文言と「履歴継承なければ即時削除」とは齟齬があります。
こういうからといって、私の履歴継承に関する認識に不備があることを認めないということではありませんので、その点はご理解ください。ただ、私はいまだに上記したようなことがどこまで、どのレベルまでが問題であるのかが十全に理解できておりません。繰り返しになりますが、今後は改めまして、履歴継承は明記するよう努めてまいります。おっしゃるように要約欄で記載しさえば済む話なのですから。
なお、あなたは「ウイグルにおけるコピペによる加筆に関しては、ウィキペディアのライセンスの仕組みを知らなかった、などということではないはずです」と発言しておりますが、これはどういう意味でしょうか?「なにか別の意図があってそうしたのだろう」とおっしゃりたいのでしょうか?--西方会話2012年7月25日 (水) 04:56 (UTC)[返信]
あと、要約欄に明記し忘れた場合、その要約欄にあとから記入できません。その場合は、ノートなどで履歴継承およびその編集について補遺を行うことで対処はできないのでしょうか?もしそれが可となれば、ウイグルの件については、当該ノートでいまから明記することも可能でしょうけれども。それができないというのであればその根拠となる方針の文言を明らかにしてください。この点についても、現在、本件を重大な案件として問題提起なさっているBugandhoneyさん、ジャコウネズミさんご両名に答弁お願いします。--西方会話2012年7月25日 (水) 05:11 (UTC)[返信]
あなたの著作物は、あなたが本人であると証明できる範囲であれば(投稿者が「西方」であり同時に転記者も「西方」である場合)ご自由に行っていただいて構いませんが(とは言え第三者が混乱するだけですから、一筆は入れておく方がはるかに好ましいことは明らかです)、他人の著作物はウィキペディア内であれ、出所の表記なく無く転記を行うことはできません。ライセンス違反ですので、基本的には削除対象です。直後であれば補遺できる場合もあるのですが、それは通常、記事本体にダミー編集を行いつつ要約欄にそれを示すかたちで行われます。しかし今回はすでに、どの版のどれがどの記事からの転記であるのか、今更、誰にでもわかるかたちで明らかに補遺するのは困難な状態かもしれません。ここから誰にでも明らかに補遺できそうであるのか、引き続きこの場で第三者のご意見を伺ってみられては?最終的には削除依頼の場で審議するのかもしれませんが。なお、補遺はノートでもOKであるとする合意は、私はちょっと聞いたことはありません。他言語版では一部許されていると言うお話は聞いたことが、あるはずですが。西方さんが今後どうなされるべきなのかは、「履歴継承の無いWP内での転記は行わない」「ただし100%自分の著作物であると証明できる場合および対象が著作物でない場合は例外」となります。--Hman会話2012年7月25日 (水) 06:16 (UTC)[返信]
  • まず、わたしからは違法性についてノート:ウイグルに記述したので、リンク先含めじっくりかつ先入観無くお読みください。
  • ノートなどでの補遺、についてですが、ノート:ウイグルに「1)、2)の提出」として書いたことがまさにそういうことでして、西方氏本人のみの推敲からなる記述の複数記事の投稿と、履歴継承違反となるものを洗いざらい出してしまって、履歴継承が本来必要であったものを集約して明示する、と言うことですよね。尤も、必要なのは2)であって、1)については履歴継承についての西方さんの認識がはなはだ心もとないので申し上げているわけでして、現に、西方さんが1)だと主張された「安史の乱」についてもBugandhoney氏から「回鶻#吐蕃征討と可汗の廃立」からのコピー&ペーストの疑いが指摘される、と言った事態が生じているわけです。話を戻しますと、必要な履歴継承表示を補完するためには「いつの投稿がどこからの記述を含む」という情報が必要です。それによって、西方さん自身が仰った《版指定がない場合には当該編集時点までの履歴に限定され》た履歴を継承しよう、ということです。ただ、方法論としてWikipediaにないこと(厳密に言うと古い規程が残っているのでそれについては後述します)ですので、人事を尽くしたうえで、「ライセンス(法)的には問題ない、ただ規程上ではどうか」というところまで精査したうえで、何らかの審議に諮る(事情が改善していることを説明したうえで削除依頼に出して否決してもらう、とか)するのかなあ、という所感を抱いております。後述する、と述べた件ですが、Wikipedia:履歴の不備に対する仮対処という、Wikipedia:ページの分割と統合が2005年3月2日に正式に稼働する前に分割・統合されて後に相当量の履歴が積み重なっている場合の仮対処というのがあり、本件は圧倒的に期間を過ぎていますが、これに準じた方法がとれるかどうか、という示唆をしておきます。--ジャコウネズミ会話2012年7月25日 (水) 06:23 (UTC)[返信]
あと、旧ライセンス下のものでWikipedia:履歴複製依頼というものもありました。現在は機能していないようですが。--ジャコウネズミ会話2012年7月25日 (水) 06:38 (UTC)[返信]
  • まだBugandhoneyさんよりのお返事を伺っておりませんが、Wikipedia:ウィキペディア内でのコピーの「なお、要約欄を利用して履歴にリンクを記録しない場合には、本文でリンクを設置してください」について、Hmanさんはどのようにお考えですか?これでは十分ではないのは了解しましたが、しかしこれはコピー転記の際の最低限の処置ではないでしょうか?
  • 「著作権」とは加筆の時点で生じるということでいいのですね。
  • ジャコウネズミさん、ノート:ウイグルで十分に議論と確認の作業はできますし、井戸端は削除依頼ページでもないですから詳細はあちらでなさいませんか?こちらでこのまま議論を継続してもよいのなら、そうしますが。(私は井戸端をかなり限定した議題に限られる場所と思っていますもので)--西方会話2012年7月25日 (水) 07:56 (UTC)[返信]
  • 了解。他の方との話はともかく、わたしと西方氏の話はノート:ウイグルでしましょう。--ジャコウネズミ会話2012年7月25日 (水) 08:23 (UTC)[返信]
  • わざわざその手法を選択する必要は無いでしょう。そもそも、それじゃあ本文で転記と断った上でリンクしてあるかと申しますと、それもなされていないのですから。また、今回のケースの場合、今からどうやって範囲を明確にするのか・・・どうしても本文でやるのであれば、本文の末尾に「y年m月d日hh時mm分ss秒(UTC)で行われた利用者:西方による編集はほにゃららのy年m月d日hh時mm分ss秒(UTC)版より転記したものです」と列挙するのでしょうか。この辺りにつきましても、皆さんのご意見を伺ってみてください(くれぐれも、ご意見はご意見として伺って下さい)。他言語版からの翻訳や、ページの分割の初版であれば、範囲は明らかであるため、それで問題とされない場合もあるかもしれませんね(この点、Wikipedia:ページの分割と統合では、範囲を明らかにするため一手順挟むことを推奨しています)。・・・当たり前ですが、世の中、原著作者の著作者人格権最大限尊重されるべきです。できるだけ、わかりやすくしましょう。もしこれまでの行いを恥じておられるのであれば、できるだけ確実で解りやすく適切で出来たら一般的なかたちに直せる様に、極力、ご配慮ください。版指定削除/特定版削除も選択肢のひとつでしょう。--Hman会話2012年7月25日 (水) 09:11 (UTC)[返信]

Hmanさんの見解、ありがとうございます。「リンク」について、Wikipedia:ウィキペディア内でのコピーWikipedia:著作権を読んでおりますがなかなかわかりずらいです。どうもここでいわれる「本文でのリンク」とは、版指定の履歴継承を本文で明記することではないように思われるのですが。リンクの意味ですが、Help:リンクではウィキリンクについて「ウィキペディア内の他のページへの内部リンク」と定義しており、私が考えるものはこの内部リンクです。

また、Wikipedia:著作権問題#コピー&ペーストしたものを多少変えた記事・一部利用した記事についてc)「単なる転載ではなく、再構成などがされているもの (元になった作品の表現の本質的な特徴が感得できれば、翻案であり、著作権(の一種の翻案件)侵害である可能性がある。感得できないほどに変更されていれば、複製や翻案にあたらない可能性がある)」がありましたが、これらの多くのケースは、ウィキペディア外のメディアからの転載の問題でした。

また、Wikipedia:履歴の不備に対する仮対処、およびWikipedia:履歴複製依頼でも分割と統合に関するものでした。

やはり、本件はWikipedia:ウィキペディア内でのコピーのなかで検討されることではないでしょうか。「本文でのリンク」についてWikipedia:ウィキペディア内でのコピー#ウィキペディアにおける翻訳にはよりくわしく記載があり、「編集内容の要約欄に翻訳元の記事等へのリンクを張ることなど (要約欄でリンクを設置しなかった場合は言語間リンクまたは本文でのリンクも必要) により、上記の義務が満たされたと考えます」「翻訳元記事等の版を指定することを推奨します」とあります。

ここで、いまいちどWikipedia:ウィキペディア内でのコピー#ウィキペディア内別文書からの複製・改変に立ち戻りますと、「元記事へのリンクが必要です。履歴または本文中のリンクにより、4条1項2文J号の義務を満たします」とあります。ノートページをみましたが、過去にこの件での議論はないようです。

Wikipedia:クリエイティブ・コモンズ 表示-継承 3.0 非移植を読んでおりますが、やはりこれも他メディアとの関連について言及されており、「原著作者」とは出典元の著者であるようです。

Wikipedia:五本の柱では「ウィキペディアの利用はフリーで、誰でも編集が可能です。すべての文章はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承 (CC-BY-SA)およびGNU Free Documentation License (GFDL)下にライセンスされており、これらに従って配布したり、リンクしたりすることができます。項目は誰でも変更可能で、どの個人も特定の項目を支配できない、ということを受け入れて下さい。したがって、あなたが投稿したどんな文章も予告なく編集される可能性がありますし、コミュニティによる再配布をとがめることもできません。著作権を侵害するようなものや、CC-BY-SAやGFDLと矛盾する方法でライセンスされているものを投稿しないようにしてください」とありますが、ここでいう著作権も、外部メディアからのものと思われます。また、この文言によって、ウィキペディアに執筆されたものは他の編集者による編集に開かれていることが明記されています。ほかにWikipedia:記事の所有権もみましたが本件で私が確認したいことは書いて有りません。そうなると、やはり本件で話題となった加筆部分の著作権は、その時点で最終更新したものに帰属するということだと思います。

それで、そうでない場合なのですが、Wikipedia:ページの編集は大胆にには、「そもそも GFDLというライセンスを採用しているウィキペディアに投稿するということは「自分の文章が他人によって自由に編集、配布されることに同意する」ことを意味しています。」とあります。そうであればやはり記事間のコピー転載転記(元記事の該当箇所を削除する分割などではないもの)については、許されているのではないでしょうか?

このようにジャコウネズミさんをはじめとされ、どうもいわれていることが、違うと考えざるをえません。すなわち、履歴継承があることが望ましいことはもちろんですが、履歴継承が不備である記事間のコピーについては、ウィキペディア外のものからの転載とは異なるのでなはいでしょうか?ジャコウネズミさんは重大な「犯罪」とまで明言されておられますが、やはりそこまでいわれることはどうかと思われます。少なくとも、私のこれらの問題提起について、完全に納得したく思います。

Wikipedia:五本の柱では「ウィキペディアには、確固としたルールはありません。良い編集で満足を得るためにも、項目の編集や移動は大胆に行ってください。完璧さは要求されていません。また、台無しにすることについて心配しないでください。項目の過去の版は全部保存されているので、知らずにウィキペディアに損害を与えてしまったり、取り返しのつかないほど内容を破壊してしまう、といった心配はありません。しかし、あなたが書いたことは何であっても編集履歴上に後々まで残ることも忘れないでください。」とあり、履歴不継承が「取り返しのつかないほど」の「犯罪」であるかのようにいわれても、本当にそうなのか、やはり承諾しかねます。

これらの件についてもなお他の方からのご見解が拝聴できれば幸いです。

特定版削除の件については、上記の疑問が解決しだい、ノート:ウイグルにて検討いたします。--西方会話2012年7月25日 (水) 10:46 (UTC)[返信]

コメント 一点だけ指摘しておきます。ウィキペディアに投稿された著作物は、履歴に載っている全員の共同著作物となります。本来であれば、著作物の改変などといった使用は、全著作者からの同意が必要となります。ただ、ウィキペディアではCC-BY-SAGFDLといったライセンスが適用されているので、ライセンスに則った使用であれば、いちいち許可を得なくても使用・改変出来る、という仕組みです。つまり、すでにあるものを元に加筆していった場合でも、それは自分自身だけの著作ではありません(もちろん、自身による加筆部分「だけ」を再利用するのならそれは自由ですが)。--Jkr2255 2012年7月25日 (水) 11:10 (UTC)[返信]
著作物についてのライセンス条項は努力目標や可能であれば満たすことが望ましいと言った物ではなく、その著作物を利用したいのであれば、強力な強制力を持つと思うのですが(納得できないなら改編/利用すべきではありません)。既にご存じの通り、西方さんの後に編集なさられた方の編集も巻き添えになってしまう場合があるのです。版指定削除しても各々の加筆部が明確にならないなどの問題もあります。これは、もし版指定削除になれば、全て取り返しがついた状態とも言い難いと言う状態です(発覚が早かったのは不幸中の幸いでした。数年分ごっそりいかれることも珍しくないのです)。さてウィキペディアの場合著作権者とは、作文を行った利用者各位になります(なお、他の著作物から引用された一部の記述については、これはもちろん引用元を執筆なさられた方が著作権者です)。自身の投稿した文書の再利用の可能性は、当然、ライセンスに従ってなされたものに限定されるはずです。「ウィキペディアに一旦投稿したが最後、ライセンスも著作権法も完全に無視した扱いをされても今後一切異論は挟めません」などとは、誰も言っていないはずですし、ライセンスもそうなっていませんし、そう思って投稿されている方がほとんど、と言う訳でもないでしょう(少なくとも私は違います)。フリー文書としてそのライセンスの範囲内で改変・再配布等がなされる可能性があると示しているに過ぎないはずです。また、イさんの書いた文章A、ロさんの改変した文章A’、西方さんが更に改変した文章A’’が有る時、A’’の著作権者は、イ、ロ、西方さんの3名です。つまり、共同著作物と言うことになり、最終更新者である西方さん個人のものではありません。イさんがCC BY-SA/GFDLで発表した文章が大元である限り、ロさんと西方さんには勝手にライセンスを変更する権利はありません。ロさんと西方さんの改編した版は、あくまでイさんの著作物を改編したものです。ですからイさんがGFDL/CC BY-SAだと言っているのであれば(ウィキペディアに投稿している以上、そう言っています)、従ってください。ただし、全く新たに増えた文節に限定すれば西方さんの著作物ですから、この部分は自由にして頂いて構いません。ウィキペディアが完璧さを要求しないのは内々の運用で済む範囲のことで、もしくは「締め切りがない」「この記事はまだ完成とは言い難い」などと言ったところで、法的案件や他者の権利を侵害する案件については、厳密に処理されるべきです。少なくとも西方さんが「このくらいは、いいだろう」「自分は転記されても文句を言わないはずだから、他の人も文句を言わないはずだ」と判断したらそうなる、と言う性質のものではありませんので、念のため。細かい表示方法や、転記されたものに著作物性があるかどうかなどについてはともかく、以上の根本的な所については認識を改めて頂く必要がありそうです。コピペについての本文表記は恐らく、各記事をざっと浚うポータル的な記事や、記事同士紹介し合う時などに活躍するのでしょう(どちらにしても、転記が行われる編集とまさしく同時に出所が明記されるべきであることは論を待ちません)。あくまで他の方の著作物だ(でもある)と言うことと、著作権が破棄なされたものではないと言うことを忘れるべきではありません・・・と、私は考えています(共同著作物についてJkr2255さんとかぶってしまいましたが、そのまま投稿します)。--Hman会話2012年7月25日 (水) 11:44 (UTC)[返信]

すみません、私の質問が誤解されているかのようですので、質問をあらためます。私が一番確認したかっことは、Wikipedia:ウィキペディア内でのコピーでの「リンク」の定義です。

これらの文でいう「リンク」について、「版指定の履歴継承を明記する意味でのリンク」とHmanさんは解釈されておられるわけですね。さて、Help:リンクではウィキリンクについて「ウィキペディア内の他のページへの内部リンク」と定義されていますが、Wikipedia:ウィキペディア内でのコピーにおける「リンク」とは、この内部リンクのことではないしょうか?

なお、著作権が共同著作権という件については了解いたしました。--西方会話2012年7月25日 (水) 12:33 (UTC)[返信]

そのリンクと言う解釈で良いと思いますが、ただ本文中のどこかに角ブラケット2つで単語を囲めばそれで成立、と言うものではなく、この部分はこちらから転記しましたと明らかに解るかたちでなければ、CC BY-SAに曰くところの「表示」が明確に行われたとは見なせず、不適切でしょう。リンクは必要な要素の1つに過ぎず、それで全てを満たす訳ではありません。大体、「複製・転記を含む旨を明らかにしてください。」と書いてあるじゃないですか。これは大前提です(ただし翻訳の初版の要約欄などの場合、リンク先から翻訳したことは明らかであり、「・・・から翻訳」とタイプすることが必ずしも必要とは思いません)。とどのつまりこのガイドラインは「転記が行われた旨、転記元またはリンク、必要なら特定の版を明記する。明記する場所は要約欄もしくは記事本文の適切なところ、いずれかとする」と解釈すべきであり、「転記が行われた旨、転記元またはリンク、必要なら特定の版を明記する。明記する場所は要約欄とする。ただし本文中でリンクがある場合は、要約欄・本文共に特に何も表示しなくて良い」ではありません。ガイドラインの誤読の可能性が強いのであれば、修正を検討すべきかもしれません(当たり前ですが不正確なガイドラインに無理から合わせるのではなく、ガイドラインを正確に更改すべきです)。--Hman会話2012年7月25日 (水) 13:31 (UTC)[返信]


Wikipedia:ウィキペディア内でのコピーでの「リンク」の定義が私の知りたいことですが、ここで、みなさまのご意見を伺ったことを踏まえ、あらためて調査しました。
  • Wikipedia:ガイドブック 著作権に注意に「ウィキペディア日本語版に、あなた以外の誰かが投稿した文章・画像・音声など。ウィキペディア内の文章は、原則として投稿者が著作権を保有しています。あなた以外の誰かが投稿した文章を、正式な手順を踏まずにコピーアンドペーストで他のページへ投稿すれば、著作権侵害になります。この場合はページの分割と統合の規定に従ってください」とありました。
  • まずこれがみなさまのいう「著作権侵害」について明記された公式の文書となるでしょうか。さて、指示にしたがって、さらにページの分割と統合のページに行きますと、分割・統合・項目一部転記などが解説されています。そして、節「項目一部転記」では、「ページ甲の一部を、ページ乙に転記即ちカット・アンド・ペーストする場合は、甲に関しては分割、乙に関しては統合と基本的に同じになります。」とあります。この次が重要なのですが、続けて、「ページの一部を別のページに複写する場合については、Wikipedia:著作権#日本語版ウィキペディアにおけるコピー・アンド・ペーストを参照してください」とあり、「転記即ちカット・アンド・ペースト」と「コピー・アンド・ペースト」とは異なるものとして説明されています。
そしてリンク先のWikipedia:著作権#日本語版ウィキペディアにおけるコピー・アンド・ペーストは、現在、節Wikipedia:著作権#ウィキペディア内別文書からの複製・改変となっており、Wikipedia:ウィキペディア内でのコピーを参照とのみあります。そしてWikipedia:ウィキペディア内でのコピーでの「本文リンク」の意味はなにか?というのが、私の知りたいところです。

もしこれが内部リンクのことであれば、いままでの履歴継承問題についての複数の方による主張が成立しない、とはいわないまでも、やはり、少々過剰な解釈ではなかったかということになります。これはまた別のノートでの議論でもありますが、クリエイティブ・コモンズでいう「継承」が、ウィキペディアにおいては「履歴継承」のことを指す、と明記してある方針等はありますでしょうか?--西方会話2012年7月25日 (水) 14:01 (UTC)[返信]

CCで言うところの「継承」は、CC作品を改変したものもCC作品となると言う意味です。履歴継承はむしろ「表示」の方です。この文書が転記であると明記した上で履歴を継承することで、原著作者や中間版の著作者を明記したと見なされます(Wikipedia内部ではCCかつGFDLである必要がありますので、中間版の著作権者の表示も必要であるはずです(Wikipedia:Text of GNU Free Documentation Licenseの4.B)。もちろん要約欄で転記の事実および諸元を示しつつリンクを行っておけば、問題はありません)。・・・と、私は解釈しています。--Hman会話2012年7月25日 (水) 14:27 (UTC)[返信]
Hmanさん、ご見解、ありがとうございます。「ガイドラインの誤読の可能性が強いのであれば、修正を検討すべきかもしれません(当たり前ですが不正確なガイドラインに無理から合わせるのではなく、ガイドラインを正確に更改すべきです)」という提言はなるほどと思われます。
たしかに、Wikipedia:ウィキペディア内でのコピーの冒頭では 「最低でも要約欄にて記述をコピーした元のページにリンクしなければなりません。」とあります。みなさまの出典もこれですね。
それに続いて、私が確認したい「本文リンク」について明記されているわけですが、もしその文において「ここでいうリンクとは、単なる内部リンクでなく、履歴継承を明記したリンクを本文に記載する」と、あれば、私の質問もとうの昔に終了していたわけです。
とはいえ、では、「履歴継承を明記したリンク」が本文にある状態とは、これまでのウィキペディア経験を踏まえて考えるに、そのようなリンクはほとんど見たことがありませんし、ちょっと想像もしにくい。強いていえば、注釈で◎◎を参照、といった表記でしょうか。あるいは、本文の文の末尾に(◎◎を参照)とあるケースでしょうか。しかし、これはほとんど私のいう「内部リンク」に等しいものです。
いま、ちょうどこの真上の「翻訳における履歴継承のグレーゾーン」という議題を拝見しました。「帰属(attribution)」の表示がCCでは要請されるが、英語版では、翻訳に関してのものですが、あとでノートなどでの明記でもOKとの紹介がございましたね。言語の異なるものといっても、翻訳ですから、これは同じウィキペディア内の記事間のことですよね。その意味では、日本語版の各記事間でも同様に、「あとでノートでの説明・記入も可」というガイドラインがあると非常に助かります。正直、要約欄への記入を失念したことで、削除依頼となり、多数の方の手間をいただくのも恐縮しているわけですから。だからこそ、ガイドラインでこれらの件について、確認したいと思っているわけです。誤解をまねかないようにいい添えておきます。私は自らの不備を正当化しようとして、あるいは加筆部分の削除に反対して、こうして質問しているわけではありません。これを機会に完全に履歴継承および著作権問題について理解したいと思いますし、また、Hmanさんのおっしゃるようなガイドラインの書き換えということでなら、より話も進展したと、私は考える次第です。--西方会話2012年7月25日 (水) 14:42 (UTC)[返信]
(西方さんへ)こんなのはまともな議論ではないです。私は自らの不備を正当化しようとして、あるいは加筆部分の削除に反対して、こうして質問しているわけではありませんと書いてあるだけで、自分の行為を正当化しようとしているようにしか読めないです。西方さんの編集は何が問題であったのか、著作権を侵害しないということはどういうことなのか、理解しているようには思えないです。そうでなければ、「コピー・ペースト(改変ふくむ転載)」と「コピー&カット・ペースト(元記事から該当箇所を削除)」とは異なるものであるはず、などという発想は出てこないです。ウィキペディアの仕組みや著作権に関する根本的な理解を欠いたまま、表面的・技術的なことばかりを取り上げるのは、ルールの悪用の「法律家ごっこ」そのものに見えます。ウィキペディア内の転記に関わる各種ガイドライン間の文言の齟齬や不備を指摘したって仕方ないです。西方さんはそのいずれにも従い損ねているわけですから。転記する際に要約欄に何も書かなくてよいなどという方針はないのだから、西方さんが要約欄に書き損ねたのは方針文書の不備のせいではないのです。
もしこれ(ガイドラインにある「本文リンク」、引用者註)が内部リンクのことであれば、いままでの履歴継承問題についての複数の方による主張が成立しないわけないでしょ。西方さんは本文、要約欄、ノート、いずれにおいても転記した旨を申告していないわけであって、それにもかからわず、そんなのが転記するための要件を満たしているなどと誰も思うわけないでしょ。とにかく、西方さんの投稿差分と要約欄からは、転記を行ったということを伝えようとしている形跡はまったく窺えないです(「中央アジア」の要約欄を除いて)。自分の編集は転記に当たらないと考えていたが、転記する際でもその旨を要約欄に記入する必要などないと考えていたのかのどちらかです。会話ページで複数の編集者から転記を伴う編集での要約欄の記載不備を指摘されていたにもかかわらず、その後も要約欄に記入しないまま転記を続けたということは、転記する場合でも要約欄に記入するつもりなどなかったようにしか見えないです。今後も転記する際に要約欄に記入するつもりがないのであれば、今後はさらに注意して、明記していこうと思いますなどと書かないでください。他の編集者から方針文書を提示されたときに、その内容が理解できないのであれば、了解しましたなどと書かないでください。
著作権とは、要するに、ある文章はそれを書いた人のものだということです。つまり、誰かが書いた文章をそのまま勝手に自分の名前で発表したらだめだということです。これはウィキペディアの内と外に関係ない、文章を書くときの基本的なルールです。ウィキペディアの記事の中で外部の文献から誰かの言葉を引用する際は、どこからどこまでが誰がどこで発表したものなのか分かるように書くでしょう。ウィキペディアで発表された文章でも同じです。単に、その文章はもともと誰によるものなのかを示すために、内部リンクと履歴というウィキペディアの仕組みを使う、という違いがあるだけです。こういうことが理解できていれば、コピーアンドペーストもカットアンドペーストも、どちらも他人の文章を自分の名前で投稿するという行為なのであって、本質的な違いはない、ということが分かるはずです。
ちなみに、ウィキペディアの他の編集者の文章に自分の文章などを混ぜて投稿するな、ということではないのです。むしろ、ウィキペディアではそういうことは推奨されるべきです。単に、他人の文章を使うときは、他人の文章を使ったということが分かるように書け、元の文章は誰が書いたのか分かるようにして書け、ということなのです。そのような基本的なポイントを押さえないまま、自分の投稿が表面的にガイドラインを満たしているかどうかを議論しても仕方ないです。
さらにちなみに、今ある記事に関しては削除などではなく、どの記事が元になっていたのか、要約欄の補遺で対応すればよいと思います。もったいないですから。英語版の翻訳ガイドラインだと要約欄とノートに翻訳した旨を記載することになっています。履歴不継承・ウィキペディア内での著作権侵害は、実質的な問題にはならないので、柔軟に対処してもいいかなと。(個人的な考え方です。)--Bugandhoney会話) 2012年7月25日 (水) 20:03 (UTC)追記--Bugandhoney会話2012年7月25日 (水) 20:19 (UTC)[返信]
Bugandhoneyさん、ご意見ありがとうございます。私は「法律ごっこ」をしているつもりもないし、自分の不備をなんとか和らげようと必死になっているわけではありません(あなたからそう見えるにしても)。私だって、これまでウィキペディアの方針の無理解を度々指摘され、そのつどその時点で私なりに改善してきたつもりです。これはひとにもよりますが、私も最初、自分の過ちを指摘され、かっとなったこともありますし、その後、しばらくは「ウィキペディアなんて誰がやるか!」などという気持にもなったものです。しかしそれでも、その後もウィキペディアの編集に復帰して、編集して参りましたものも、やはりウィキペディアは私にとって魅力あるメディアであったからです。どうか本件についての私の確認も、善意にとっていただきたく思います。繰り返しになりますが、私の不備をガイドラインの不備のせいにするつもりも責任転嫁するつもりもありませんし、また著作権については議論の流れで、あたかも私が過度に自分の編集の著作権を主張されているように思われるのかもしれませんが、一貫して申し上げていますように、私はそのつもりもないのです。ただ、私は「転記・転載」について、そのように「柔軟に」(あなたの表現をお借りします)考えていたのであって、「リンク」を「本文のリンク」と認識していたのです。要約欄に記入したり、しなかったりしたのも、そのためでございます。皆様から指摘されましたように、私は誤解していたのでしょう。しかし、私以外にも誤解する方もおられるかもしれない。上記しましたように、また上の別節でどなたかがご発言なさっていたように、ウィキペディア間の著作権については、ガイドラインにも不備があるのではないか、誤解される可能性があるのではないか、といいたいのでございます。(しつこいかもしれませんが、これは責任転嫁でなく、あくまで私の問題提起です)。
本件につきましては、引き続き、意見を拝聴したくも思いますが、この議論の流れですと、どうしても、私がウイグルで行った編集についてのコメント依頼と私による釈明の様相を持ってしまいますので、あらためてWikipedia‐ノート:ウィキペディア内でのコピーにて問題提起をさせていただきました。ガイドラインをより明確に厳密にし、できるだけ誤解を産まないような文言に変更していくことが私はいいと考える次第でございますので、ぜひ、Wikipedia‐ノート:ウィキペディア内でのコピーでも検討にご協力いただけたら、と存じます。--西方会話) 2012年7月26日 (木) 09:06 (UTC) 句読点訂正。--西方会話2012年7月26日 (木) 09:09 (UTC)[返信]
横から失礼します。事後的な履歴保存の方法として、Wikipedia:著作権/履歴の保存というガイドラインが定められている事を紹介致します。(上記議論を完全には追い切れていないので、紹介に止めておきます。ガイドラインが参考になれば、幸いでございます。)--4行DA会話2012年7月26日 (木) 11:56 (UTC)[返信]
4行DAさん、ご教示ありがとうございます。このページは初見でした。大変参考になります。--西方会話2012年7月26日 (木) 13:51 (UTC)[返信]
西方さんの編集はWP:COPYWITHINの誤解や誤読によるものじゃないですよ。これ読んで、「転記する際は転記する文章の中に出てくる転記元記事名に角括弧を付けて内部リンクにしとけばオーケー」などと思う人はいないですよ。自分の文章がメインで他の記事からの転記がほとんどなかったからとか、翻案を繰り返すうちに自分の文章と他人の文章との境界があいまいになって転記しているという認識がなかったからとかじゃないですか?とにかく、今あるウイグル安史の乱に対処するのが第一じゃないですかね。そのためには、他のどの記事から文章を取ってきたのか思い出して、要約欄や記事本文でその記事への内部リンクを設置しながら説明するのがすじだと思いますけど。転記に関するガイドライン文書の改訂はその後でもいいと思いますけど。--Bugandhoney会話2012年7月26日 (木) 17:17 (UTC)[返信]
Bugandhoneyさん、世の中にはあなたのような考え方や感覚でないひともいるということを認識してください。「…などと思う人はいない」というのはあまりに傲慢な言い方です。私のみが世界で唯一の解釈をしているとでもいうのですか?「転記しているという認識がなかったからとかじゃないですか?」とあなたは指摘されていますが、無論その通りであり、そこには、私が「転記」や「リンク」の意味合について私が誤認識していたことがあったわけです。そのことをなぜそうも執拗に私を代弁して否定なさるのか、さっぱりわかりません。かつての南京事件ノートでの議論の「報復」でもしたいのですか?むろん、ウイグル記事の履歴継承問題は私は必ず改善したいと思っています。しかし、案件が膨大かつ以前の編集でもあるため、時間がかかるのです。何度もいっていますが、こうした問題にいたった根本には、私の理解不足があったからですが、それは上記したような誤認識があったからです。それを正そうと、完全に納得したいといっているのです。なお、ガイドラインWikipedia:ウィキペディア内でのコピーについてはTondenhさんが新規執筆してくださり、私としては完全に了承しました(Bugandhoneyさんは「了解した」と私にいうなとおっしゃっていますが)。--西方会話2012年7月27日 (金) 01:44 (UTC)[返信]
すいません、私はこのサブページで上げられている各種文書を全くもしくはあまりお読みになられていなかったことが主な原因と思っておりましたが、読解の問題、即ちコピペ開始前に既に一連の文書はおおよそ全て十分に読まれていた(にもかかわらず…などと思ってしまった)と言うことなのですか?前者であれば一連の文書を探しやすく改訂すべきですし(実は私も探しにくいと思っています。それも、無茶苦茶に)、後者であれば文書自体を平易にする改訂が必要です(既にかなり進んでいる様ではありますが)。私自身が今すぐに改訂を行うと言う話ではないのですが、後学の為、よろしければお答え頂けますか。何れにいたしましても今後何か問題が発生致しました際には、あまりアツくなる前に、できるだけ早くコメント依頼や井戸端のご利用をご検討下さい。こちらのぶらさがりで恐縮ですが、ジャコウネズミさんにおかれましても、今後ともどうかご遠慮なく、必要でしたらコミュニティに投げてください。こういう時の為の井戸端です。--Hman会話2012年7月27日 (金) 04:44 (UTC)[返信]
Hmanさん、後者ですね。基本的な文書にはひととおり目を通していますし、適宜見返したりもしています(ただし、ガイドブックといったものがあるとは今回はじめて知りました)。以前、中国の核実験の新規立項にも同様の編集で削除され、その後、あなたの提案で記事が再建できましたことがありましたが、あのときも事後関連文書を読み直したところ、上記してきましたように、新規立項、分割、転記(元記事の記述を削除する場合。カット&ペースト)のような「重大な」(私がそう考えるという意味です)編集でない転載については「本文リンク」でいいのだ、と解釈していました。そのときにも井戸端で投稿しようかとは思ったのですが、井戸端の過去ログを調べているうちに疲れてしませんでした。あのときにちゃんと確かめていればよかったのですが。ガイドラインについては、より明確に、「履歴継承なき複製は、著作権侵害に該当する」との文言が必須であると思います。また、「本文でのリンク」の意味、というか、実例はあるべきだと思います。前者の「探しにくい」件ですが、それもあると思います。今後も、ちょっとした疑問がある場合は井戸端で提起していきたいと思います(今回のような「利用者の行為についてのコメント依頼」みたいな様相になると、どうしても議論がアツくなりがちですし)。--西方会話2012年7月27日 (金) 06:54 (UTC)[返信]
ご回答恐れ入ります。こう、その、脅しではありませんが、その辺りは太字で明記するくらいのことが必要なのかもしれませんね。私も考えておきますし、他の方の方でも何らかの動きが見られるかもしれません。実際問題ほとんどの方は、ウィキペディア以前にGFDLやCCなどのライセンスに触れたことがないはずですから(そうでなくとも日本語が母国語でない方や、小中学生の参加もありますし)。本来「この文書を読んで下さい。明記されています。」でもう異論がほとんど出ないとなる様に(今回でしたらジャコウネズミさんが記事のノートでそれをリンクして全てが終わるかたちになる様に)、文書の整備を進めていきたいものです。検証可能性については私もそれなりに関わっているのですが、なかなか何から何までとは参りませんで・・・。--Hman会話2012年7月27日 (金) 07:45 (UTC)[返信]

WP:CWW文章について[編集]

【一部転記】以下、Wikipedia‐ノート:ウィキペディア内でのコピー 2012年7月27日 (金) 17:49 (UTC) の版よりジャコウネズミによる 2012年7月27日 (金) 14:21 (UTC) 及び 2012年7月27日 (金) 16:25 (UTC) のコメントを転記。[返信]

わたしと西方さんとの間では他の場所でも議論が可能ですが、標記話題についてはこちらに書きます。記事間(ノートページを含む)のコピー&ペーストとライセンスとの関係について、西方さんに理解していただく目的でノート:ウイグル#履歴不継承が何故犯罪になるのかおいて、わたしなりに噛み砕いた形で解説を書きました。ただ、1.一度読んでいただいただけでは西方氏に論旨を正しく理解していただけず、再度質問に答える過程を要した事実、2.語弊のある表現やや説明における表現の過不足が否めないこと、3.クリエイティブ・コモンズに偏った説明でGNU Free Documentation Licenseへの言及が不足していると考えられること、とわたし自身が考えるだけでも3点の問題点が有り、公式に載せるには程遠い解説ですが、少しでもたたき台となるなら、参考にしていただきたいと存じます。西方さんにはこの解説のどこが解り辛かったかこの場で仰っていただけると、とても参考になります。他、昨今の体験を通して感じ、また考えたことをいくつか箇条書きに致します。

  • 著作権法は著作物の複製及び改変を禁止しており、CCあるいはGFDLの許諾条件がなければ、あなたが普段編集で行っている他人が書いた記事を編集する行為も、コピーすることもできません。Wikipadiaはライセンス条件なしでは成り立たないのです。』ということを明言し、強調していただきたい。
  • Wikipedia:ページの分割と統合において(場所としてはこれが一番良いと考えます)『記事の一部を他の記事にコピー(改変を伴う場合を含む)する場合も、ライセンスの継承の点においてはページの分割と統合と同じ行為に当たります』ということを明言し、強調していただきたい。
  • その上で、平易な解説をする場合にはGNU Free Documentation Licenseよりもクリエイティブ・コモンズの方がより簡明で分かりやすいであろう(説明もしやすいと思います)ということ。GFDLに触れないわけにはいきませんし、Wikipediaが主に文章を扱っている以上、GFDLの解説は避けて通れませんし、CCに規定がなく、GFDLを根拠とした解説が必要な場面も多いかと思います(4.L『文書』の変更不可部分に根拠を置く場合など)。ただ、長い文章の中にある事項を指示したり、「GFDL 4条」 と言うよりも、クリエイティブ・コモンズ 表示-継承ライセンスの「表示」義務、即ち著作者を表示すること、と言った方が説明しやすいように思います。まずこれで説明して、GFDL第4条でも同じことが義務付けられている、と言う論法がよろしいかと思います。現状のWikipedia内の解説は、CCGFDLとでは、いささかGFDLに偏重した解説になっているのではないか、そのことがライセンスの基本事項に対する理解をやや難しくしているのではないか、と感じています。
  • CCの継承と履歴継承とが言葉が似ていて、誤解を与えやすいきらいがあること。『通常の著作物では著作者を直接表示することでライセンスの表示の条件を遵守しますが、Wikipediaでは記事のどの部分が誰によって書かれたかを直接表示することは大変な労力を必要とします。そのためWikipediaでは編集履歴を保存し、どの部分が誰によって編集されたかを記録することによってライセンスの表示の条件を遵守しています。』ということを明言し、強調していただきたい。
  • 『ページの履歴はある特定の編集においてどこがあるどのように編集されたのかを見るのに大変に役立ちますが、ページの履歴は簡潔な文で書き表すことが大変難しいWikipadiaの記事と著作者との関係を明示することが第一の目的です。履歴を辿ればだれがどの部分を執筆したかが解ります。しかし、別々のページ同士を包括する履歴はWikipadiaにはありません。ですから、あなたがある記事の一部又は全部を移動またはコピーする場合には、履歴を継承することによって著作者を最初の投稿まで辿れるようにする必要があります。その手順としてこの「ページの分割と統合」、「要約欄による履歴の継承」および「ウィキペディア内でのコピー」(非推奨かと思いますが)を規準としてください。』ということを明言し、強調していただきたい。
1)以上の所感、2)記事のノートで書いたこと、3)西方さんが理解しづらかった事柄、4)皆様のコメントを踏まえて、わたしも、もう一度「ライセンスの意味と履歴継承の本質とを確実に伝える解説を目指して書き直してみようと思います。--ジャコウネズミ会話) 2012年7月27日 (金) 14:21 (UTC)--(修正)--ジャコウネズミ会話2012年7月27日 (金) 16:25 (UTC)[返信]
(補足):「Wikipedia:ページの分割と統合において(場所としてはこれが一番良いと考えます)」と書きましたが、ここはWikipedia:ウィキペディア内でのコピーのノートページなので補足すると、まず一点目として、明記する場所は本項目でもよいと思います。本記事の今の内容とは大きく異なるという点が有りますが、主題と項目名の一致という点からは本項目に記載するのも一理あると考えます。二点目としては、英語版と違うことを書く、という意味ではなく、あくまで例示の意味で、既に示されている全著作者の列挙やハイパーリンクなど、といったことを、「See also テンプレートなどでコピー元の相同する節にリンクすればいいのかと思った」等の誤解が生じないよう、「要約欄での履歴継承と同等のライセンスにおける表示義務を果たすことのできる記述例」を示すことが必要かと思います。本項で「既に示されている方法についてもっと具体的にページ本文中に示すことを念頭に入れてある程度見栄えもよいような書き方として範を示す」ということ、或いは、「表示義務を果たすためにはこれだけのことを本文中で行わなければならず、可能な手法ではあるけれどもあまり実用性の無い方法である」ということを読めばわかる記事とする、ということです。--ジャコウネズミ会話2012年7月27日 (金) 16:25 (UTC)[返信]

--ジャコウネズミ会話2012年7月28日 (土) 02:12 (UTC)[返信]

少し整理したいと思うのですが、論点は「帰属表示」と「(要約欄での)履歴継承」は別次元の問題という事ですよね。前者の欠如はライセンス違反であり削除処理の対象で、そしてWP:CWWは前者のみをターゲットにした文章だと思います(これについては全言語版・全プロジェクト共通の方針なので異論を持つ人はいないでしょう)。
で、なぜか日本語版WPのWikipedia:著作権に由来するWikipedia:ウィキペディア内でのコピー#ウィキペディア内別文書からの複製・改変セクションでは、露骨に「履歴継承せよ、版指定せよ」という表現になっています。本来は数種類の方法があるにもかかわらず、日本語版WPでは「帰属表示の手段は、リンクによる履歴継承の一択」というお仕着せです。どういう経緯でこうなったのか過去議論を押さえるべきだと思ったのですが、ご存じの方おりませんでしょうか…。--Tondenh会話2012年7月28日 (土) 08:36 (UTC)[返信]
ちょっと探してみましたが、2003年頃のWikipedia:著作権/2008年7月13日までの文書対象 [3]Wikipedia‐ノート:著作権[4]を読んでみたのですが、黎明期にGFDLしか無かったときの名残で、GFDLの「4.改変」節条項を満たそうとした時の苦心の結果、この「お仕着せ」が発生したという感じがします。現在では CCとGFDLのデュアルライセンスであり、歴史的事情による「盲腸」なお仕着せになっているので、個人的には廃してもいいと感じるのですが…。--Tondenh会話2012年7月28日 (土) 09:18 (UTC)[返信]
「GFDLしか無かったときの名残」というのはWikipediaの諸々の解説全般に言えることではないかという気がします。「お仕着せ」も然りですが、CC, GFDLの2つのライセンス条件があるにもかかわらず、Wikipediaの解説ページでのライセンスに関わる事項の説明は圧倒的にGFDLに偏重している印象を持ちます。また、「お仕着せ」の解除には、Wikipedia:ウィキペディア内でのコピーを訳出・主筆されている方には大変申し訳ない言い方になりますが、読んでわかりやすく、誤解の生じる余地を潰した記述として整備し、「版指定を伴う履歴継承またはWikipedia:ウィキペディア内でのコピーに従った手続きを取ってください」と安心して案内できる状態へと改稿する必要があるかと思います。--ジャコウネズミ会話) 2012年7月28日 (土) 11:36 (UTC)--ジャコウネズミ会話2012年7月28日 (土) 11:37 (UTC)[返信]

コメントライセンス上で重要なのは、リンクの有る無しではなく、自分以外の誰かの文章を用いたときに第三者がそのことをきちんと判断できるように著作者情報が付記されているかどうかです。 つまり、他の人が投稿した文書の一部を流用したにもかかわらず、あたかも自分が全て執筆したかのように自分の名前だけを著作者として表示しているとライセンス違反になります。もちろんそれが意図的でないにしても、そのような誤解を与えうる著作者表示になっていたらアウトです。

ウィキペディアのシステムでは投稿者のユーザー名だけが履歴ページに書き加えられる仕組みなので、もしも他の記事のテキストを取り込んだ際に何の対処もしなければすべての加筆テキストが投稿者自身のオリジナル文書であるかのような著作権表示になってしまい、ライセンス違反になります。そのため、記事の統合やコピー・ペーストの際には、コピー元文書の情報(元ネタの文書名と著作者名)を履歴の要約欄(もしくはそれと同程度に分かりやすい場所)に付記する必要があるわけです。

その際、文書名をリンクにしていれば元記事の著者名が書かれていなくても良しとすることになっていますが(リンクをたどれば元文書の履歴ページを容易に確認できるので)、もしも他記事から取り込むテキストの分量がそれほど多くないのであれば、取り込み部分のテキストの著者名(記事全部の履歴でなく該当箇所の投稿者名)を要約欄に書き加えておけば(元記事が万が一削除されても巻きこまれずに済むので)なお安心かと思います。 要約欄の入力字数に余裕があるなら版指定(各投稿日時の記載)もあった方が確認作業がしやすいのでベターでしょう。

さらに、もし取り込み予定のテキストの中に2009年6月15日以前に投稿されたテキストが含まれている場合には、その版(2009年6月15日直近の版ではなくその期日以前で取り込み対象となる版)以前の全版の履歴(版が多ければ無理ですが)と「GFDLはバージョン1.2以上のみ可」みたいな添え書きもあればなお親切かもしれませんが、別にそこまでしなくても大丈夫かと思います。

もしくは、取り込み対象のテキストが広範囲に及ぶ場合には「Wikipedia:ページの分割と統合#統合の手順」の2と3に該当する作業を行なっていれば深く考えずに済んで安全性も高いと思います。その際、記事の本体に続けて履歴ページも全コピペしておくと(次の版で履歴コピーは除去してOK)、元記事が万が一削除されても安心かと思います。

そんな感じでやれば問題ないと思うのですがいかがでしょう。--ディー・エム会話2012年7月29日 (日) 13:37 (UTC)[返信]

(修正しました:before「他人が書いた文章と自分が創作した文章を第三者がきちんと区別できるように」→after「自分以外の誰かの文章を用いたときに第三者がそのことをきちんと判断できるように」--ディー・エム会話2012年8月1日 (水) 14:00 (UTC)[返信]

要約欄での内部リンクがもっとも確実というのはその通りだと思いますけど、Tondenhさんの疑問は、日本語版のガイドライン文書群はそれしかないという風に読めるのがおかしい、どういう経緯でそうなったのか、ということじゃないですかね。たとえば、版の指定はライセンスの要件を満たすための義務ではないですよね。また、内部リンクは要約欄ではなくて本文中にあってもいいはずですよね。あと、内部リンクは使わずに要約欄に著者名をリストアップするだけなのもありですよね。英語版には、基本的に「内部リンク」か「著者名のリスト」か、という二者択一だと書いてあるのですよ。それで、Tondenhさんの疑問に立ち返ると、編集ページの下のほうにあなたは再利用者によって、最低でもあなたが投稿しているページへのハイパーリンクか URL を通して、クレジット表示されることに同意したとみなされますと書いてありますよね。これ訳がちょっと変ですけど、「他人が再利用する際のあなたへのクレジット表示は、ハイパーリンクかURLで十分だと同意したことになります」という意味です。この注意書きからも、著者名リストではなくて、内部リンクのほうが適切、ということになると思います。--Bugandhoney会話2012年7月30日 (月) 16:24 (UTC)[返信]
いまの文章は大変読みにくいので、全部読むのが面倒な人向けに「最も無難な決め打ち形式」を提供するのは結構だと思うのですけど、それから外れた形式に対してのバッシングが起こっているのは何だかなぁと思います。実際はwmf:Terms of Use,WP:CC-BY-SA,WP:GFDLさえ満たしていれば、糾弾や削除沙汰を受けるような話ではないのですけどね。後からノートでも補えますし。そういえばこの用途向けには、日本語版では{{翻訳告知}}はあっても{{Copied}}がない({{一部転記}}は提案作業用)ので、作成した方がいいでしょうかね。--Tondenh会話2012年7月31日 (火) 02:44 (UTC)[返信]
{{Copied}}の日本語版の作成は「最も無難な決め打ち形式」以外の手法を示すのにとても有効ではないかと期待します。テンプレート名は{{Copied}}のままでよろしいかと。--ジャコウネズミ会話2012年7月31日 (火) 04:13 (UTC)[返信]
ものは試しに {{Copied}} を作ってみましたので、推敲していただだける方がいると助かります。--Tondenh会話2012年7月31日 (火) 23:53 (UTC)[返信]
そういえば私も英語版からの翻訳だとことわった上で訳文の前にリンクを貼ったにも関わらず「補遺を付けてください」と怒られたことがありますね。それ以来、必ず要約欄に内部リンクと版指定するようになりました。なんだか事なかれ主義ですね。まあ別にそれでいいんでしょうけど...。--Bugandhoney会話2012年7月31日 (火) 04:55 (UTC)[返信]
他言語版はよく存じませんが、要約覧でのそれはjawpで最も無難と思われ運用訳ですし、またご新規の転記者・翻訳者は、身も蓋もありませんが、概念やお題目でなく、今転記/翻訳を行なう時に具体的にどう作業すれば良いのかを知りたい訳です。そう言った意味で「Wikipedia:ページの分割と統合」でそれらが推奨されている感じで、転記や翻訳についても取り敢えず無難とされていることをまず挙げていくのは実用的でございます。と言った次第で冒頭はそれでいいとして、その後に理念の説明と他の手段の説明、と、こういう形で纏めるのが合理的なんじゃないかと思います。--Hman会話2012年7月31日 (火) 10:55 (UTC)[返信]
Wikipedia:ページの分割と統合WP:CWWは今でも十分簡潔で実用的かなあと。問題なのはWikipedia:翻訳のガイドラインかなあと。無駄にくどいのと、履歴継承というライセンスの問題と共同作業を円滑に進めるための版指定という二つのスコープが入り乱れて議論されていますので。--Bugandhoney会話2012年7月31日 (火) 14:49 (UTC)[返信]
さらに翻訳してみました。なぜ財団が後からCCライセンスを追加したか、なぜ履歴継承の一択では駄目だったのか、その辺の歴史を後追いしているようで面白いですね。WP:CWWをある程度現状ライセンスに合わせて翻訳できたので、歴史的なWikipedia:ウィキペディア内でのコピー#ウィキペディア内別文書からの複製・改変は除去できればと思うのですが、どうでしょうか?--Tondenh会話2012年7月31日 (火) 23:53 (UTC)[返信]
{{Copied}}に対する感想です。履歴ページ・ノートページへのリンクが自動作成されるのはいいですね。差分はフルパス入力ですが、2個のIDを入力させるよりも間違いがなくて済みそうです。日本語に訳した部分の言葉の厳密な良し悪しはわたしには判じかねますので他の方のご意見に譲ります。--ジャコウネズミ会話2012年8月1日 (水) 03:56 (UTC)[返信]
コメントWikipedia:ウィキペディア内でのコピーの「もし帰属表示無しにWikipediaの内容を使った場合、これは上の規約の違反となり、かつWikipedia:著作権寄稿者の権利と義務で定める方針の違反となります。」の記述は現状では省いたほうが良いと思います。英語版の「en:Wikipedia:copyrights」はライセンス更新に対応した内容になっていますが、日本語版の「Wikipedia:著作権#寄稿者の権利と義務」は内容がライセンス更新に対応していないので、もしリンクで参照するとしたら先にそちらを是正しないとかえって混乱してしまうと思います。--ディー・エム会話2012年8月1日 (水) 14:00 (UTC)[返信]
念のためですが、テンプレのCopiedについて、「最も無難な決め打ち形式」以外の手法ではなく、ライセンス違反があったときに、削除までしなくてもいいんじゃないかってことで使われる修正の手法、ですね。en:Wikipedia:Copying within Wikipedia#Repairing insufficient attributionには "While technically licensing violations are copyright violations, pages that contain unattributed text do not normally need to be deleted. "とあります。つまり、違反は違反であり侵害は侵害である、と。そして、"do not normally need to be deleted."という部分は、米日のライセンス/契約の慣習や、フェアユース条項の有無という著作権法の違いから、日本でも受け入れ可能だとは言えません。--Ks aka 98会話2012年8月1日 (水) 14:08 (UTC)[返信]
うーん、英語版へのリンクでも駄目ですかねぇ。en:Wikipedia:Copyrights#Contributors' rights and obligations の和訳アップデートが求められることは分かっているのですが、分量的に馬力が…。WP:COPYLINKだけなら最近更新済みという感じです…。--Tondenh会話2012年8月3日 (金) 13:25 (UTC)[返信]


Tondenh様。{{Copied}}の件。東トルキスタンで必要性が生じた(理由及び経緯)ので早速使用したのですが、項目名が長く、折り返しになってしまいました(わたしのブラウザ環境による)。幅を「100%」にできませんでしょうか?--ジャコウネズミ会話2012年8月1日 (水) 13:31 (UTC)[返信]
{{Copied}}は記事に掲示する用ではなくノート用のテンプレートだと思います。まだ試作段階かと思いますので、実際の使用は尚早では。--ディー・エム会話2012年8月1日 (水) 14:00 (UTC)[返信]
主旨は理解いたしました。後付けの用に用いるものではない等のご指摘も頂きました(2005年の履歴不継承について)。ともあれ、本件が収束するまで、2005年の履歴不継承によって版が削除される事態だけは避けたいです(東トルキスタンの過去版も本件に深く関わっており、かつ、本件の方が圧倒的に規模が大きいため)。テンプレートは外しておきます。--ジャコウネズミ会話2012年8月1日 (水) 14:23 (UTC)[返信]
Ks aka 98様。"(omission), pages that contain unattributed text do not normally need to be deleted."について、本ページでは「米日のライセンス/契約の慣習や、フェアユース条項の有無という著作権法の違いから、「日本でも受け入れ可能だとは言えません。」と断言し、「/経緯の説明など」では「日本語版でも受け入れ可能か、また受け入れると判断するかどうかによります。」と仰る。当方浅学のため「米日のライセンス/契約の慣習や、フェアユース条項の有無という著作権法の違い」と、その違いから如何にして「日本でも受け入れ可能だとは言えません。」という結論が出るのか、概略を説明してはいただけませんでしょうか?--ジャコウネズミ会話2012年8月1日 (水) 17:01 (UTC)[返信]
ぼくが書いていることが信じられないということなら、ぼくに問うのではなく、まずは、自ら学んでみてはいかがでしょうか。
ライセンスに違反しているという前提であれば、従って著作権侵害になります。ならば、削除するのが普通であって、直ちに日本でも受け入れ可能だとは言えません。それを「通常は削除しなくてもよい」とするのならば、そう考える理由が必要です。その理由を調べたり考えたりしてみてください。
たとえば、著作権法上の権利侵害について、合衆国著作権法はフェアユース条項があるので、公正使用と考えるなら、使用することができます。英語版は、そのように考えているのではないか、と予想することはできます。日本の著作権法では、公正と考えたところで、権利制限として明示されていなければ(著作権法上は)許諾なしに使用することはできません。
ぼくは、実際に受け入れ可能だというためのロジックを持ち合わせていませんが、どなたか、ぼくよりも詳しい方が、何か説明してくれるならば、「受け入れ可能」と判断できるかもしれません。あるいは、ぼくが、原則的には削除する必要があると言い張っても、みなさんが削除しなくていい、この文を日本語版で受け入れようということで合意に至るなら、ぼくにはそれを覆す権限があるわけではないです。そうでなくとも、権利者の申し立てがあるまでは削除しないという運用は、ありうる選択肢のひとつでしょう。これまで日本語版のコミュニティは、それを選んでいませんが、これからはそうしようという合意に達するのかもしれません(版指定削除ができない頃は、ちょっと現実性に欠けました)。
事例によっては、侵害の程度がそれほど大きくないと考え、とりあえずは削除しなくてもいいと考えられるものもあるでしょう。実務的な判断とか、民法の権利の濫用を持ち出すとか、そういうことができる場面もあります。日本語版のコミュニティは、ぼくの判断よりも厳密に法を解して、安全側に倒すことを選ぶ傾向にあるという印象がありますけれども。--Ks aka 98会話2012年8月2日 (木) 05:08 (UTC)[返信]
ご教示ありがとうございます。端的に言えば「合衆国著作権法はフェアユース条項があるので、公正使用と考えるなら、使用することができる」が日本の著作権法には規定がないので、法的に合法とは読めないのではないか、従ってライセンス違反を犯した著作物を残しておく正当な理由が見つからない、ということですね。--ジャコウネズミ会話) 2012年8月2日 (木) 08:35 (UTC)--ジャコウネズミ会話2012年8月2日 (木) 08:37 (UTC)[返信]
端的に言えば日本の著作権法の規定にはないので、法的に合法とは読めない。従ってライセンス違反を犯した著作物を残しておく正当な理由が見つからない。合衆国著作権法はフェアユース条項があるので、公正使用と考えるなら、使用することができるのではないか、ということですね。日本語版では適法と考えられないの確かですが、合衆国法で削除しなくていい理由は推測です。--Ks aka 98会話2012年8月2日 (木) 08:39 (UTC)[返信]
なんだかごっちゃになっているような。たとえばJASRAC歌詞など外部著作者のライセンス違反の場合は「編集で除去するだけでいい」みたいな事を言う人はいないと思います。しかしWP寄稿者が著作権を持つケースの場合、ライセンス違反というのはwmf:Terms of Use/ja#7. コンテンツの利用許諾 h.再利用 への違反であり、そしてこの規定では「手段は要約欄の一択である」とは指定していないという風に読めたのですが。なんというか、この問題についてのモチベーションって「法的懸念」よりも「編集履歴をキレイに保ちたい」という所に由来する部分の方が大きいのかなぁと言う気がします…。--Tondenh会話2012年8月2日 (木) 12:33 (UTC)[返信]
コンテンツの利用規約では、「手段は要約欄の一択である」とは指定していないと書かれていると思いますし、そのような前提で話をしています。手段は一択と考えていたり、履歴をきれいにと考えたりしている方が、どこかにいらっしゃるのかもしれませんし、削除依頼ではそのような意見も見ることがあります。少なくとも、ぼくはそのように考えたり、そのような意見を書いた記憶はありませんし、ライセンスや著作権法に関する議論の場で、そのような意見はあまり出てきたことはないと思います。--Ks aka 98会話2012年8月2日 (木) 13:29 (UTC)[返信]

コメントライセンスが他者との契約である以上、その帰属表示が適切か否かの判断基準として大事なのは、書く側の立場で一方的に「とにかく書きました」という既成事実を作るということではなく、それを読み取る相手側(利用者側)に対していかにきちんと説明責任を果たしているかどうかだと思います。

基本的には、ウィキペディアの投稿者名は履歴ページに列挙されるシステムになっているので、移入テキストの帰属表示を手動で記載する場合も(事後の補填も含めて)その履歴ページにまとめて記載されているのが一番分かりやすいだろうと思います。ですので、万が一帰属表示の不備があった場合の補填方法の選択肢としては、どちらかといえばノートページへの記載(Template:Copied使用)よりも、後の版の要約欄で補填する形のほうがベターに思います。

ただし、帰属表示の方法が要約欄への記入一択だと決めつける必要はありません。たとえばノートページなどで他記事の翻訳や転載を行っていることが一目瞭然であれば(文書の性質などにもよるかもしれませんが)余計な手間をかけてまで要約欄にリンクを記入するメリットは乏しいでしょう(本文での記載のみで『Wikipedia:ウィキペディア内でのコピー』を転載している例→このページの2012年8月1日 (水) 14:00 (UTC) の版)。

ちなみに上記でBugandhoneyさんが翻訳投稿の際に要約欄への記入を促されたというのはこのノートページのことかと思いますが、一方、そのすぐ下で私がen:Wikipedia:Identifying reliable sourcesの過去版を要約欄記載無しで投稿した際には特に注意は受けなかったので、そのあたりは時の運なのだろうと思います。--ディー・エム会話2012年8月2日 (木) 14:37 (UTC)[返信]

(全体的なコメント)いろいろと錯綜してますが...。まず、帰属の表示は「要約欄における内部リンク」がもっとも手軽で確実だというのは異論を待たないでしょう。ガイドラインや手引きでは、これを第一に記述するのは適切だと思います。一方で、帰属の表示法はそれ以外にもある、ということは周知されて然るべきでしょう。実際に削除の作業に当たる管理者だけがちゃんと理解していればよい、ということでもないかと。これに関しては私はTondenhさんと似たような印象を持っています。CCには「要約欄で内部リンクせよ」とは書いてないですから、ライセンスの要件をどう満たすか、というのは解釈の問題なのであって、日本語版と英語版の方針文書の違いもそういった観点から理解したほうがよいと思います。
履歴不継承問題は実際的な問題は起こさないにも関わらず、日本語版では削除依頼など相当のリソースが割かれています。Tondenhさん風に言うと編集履歴をキレイに保ちたいというだけなのであれば、無駄でしょう。履歴不継承問題は、特にそれが複雑な場合、解消するための合理的な努力が行われているかどうか、というのも大事なのであって、en:Wikipedia:Copying within Wikipedia#Repairing insufficient attributionはそういう観点から理解したほうがよいと思います。日本語版にもWikipedia:著作権#投稿者の権利が限定される場合という免責条項があって、ウィキペディアの投稿者は、ウィキペディア内で履歴表示や著作者名表示が正確に行われない場合があることに同意したものとみなされます。もちろん、可能ならば、記事等の最新版や編集内容の要約で原著作者名への言及や引用・複写元記事等へリンクすることは認められ、むしろ推奨されますと書かれています。要約欄やノートを使って履歴が完全ではないことを注意喚起したり、履歴に表示されていない寄稿者をクレジットすることは、版指定削除などで履歴継承問題が完全に解決されるまでの次善の対応策として当然考慮されるべきだと思います。
{{Copied}}の使用法もやや混乱していますが、en:Wikipedia:Copying within Wikipedia#Repairing insufficient attributionはまだ日本語版に移入されてませんから、Wikipedia:ウィキペディア内でのコピー#a) ハイパーリンクにある使用法が想定されています。つまり、「要約欄における内部リンク」の唯一の弱点、コピー元が削除されて履歴がたどれなくなることを防ぐために、コピー先ではなくコピー元で使用されます。(コピー先で使うのもいいアイデアです。)--Bugandhoney会話2012年8月2日 (木) 18:34 (UTC)[返信]
帰属表記は第一に要約欄が使われるべきであると思うし、編集履歴をキレイに保つように努力すること自体はいいと思うのですけど、それを推進するのに「要約欄以外の手法では法的懸念がある」と不正確なことを言って(ある意味では)脅すやり方は、あまり賛成できないなぁと。編集履歴をキレイにするには管理権限での削除が必要なわけですが、管理者にその仕事をさせるために「法的懸念がある」というカードを切るのは何だかなぁと感じます。--Tondenh会話2012年8月2日 (木) 23:20 (UTC)[返信]
ライセンス移行後の利用規約をきちんと読んで理解されないままに、従来の固定観念でGFDL違反を結構本気で心配されている編集者の方は実際に意外と多いのかもしれない(どうやらウィキペディア上でGFDL履歴継承しないとGFDL利用できないという固定観念があるよう)という懸念はしばしば感じますが、今年の5月に利用規約の文書が全面リニューアルされ、ライセンス提供の仕組みはかなり分かりやすくなっているので徐々に理解は浸透してきていると思います(思いたいです)。一気に状況を進展させるなら「Wikipedia:著作権」を全面改正して現行ライセンスに対応させるのが一番近道かなあとは思いますが、文書の推敲以前にライセンスの基礎的理解のところで不毛な説明ループを余儀なくされるか、それとも今なら意外とすんなり話が進むか、賭けだと思うと正直気持ちが折れますね。--ディー・エム会話2012年8月3日 (金) 15:27 (UTC)[返信]
そうなんですよね。「基礎問題を解いていないまま応用問題を解こうとしている」という状態で、そのため場当たり的に作った「応用問題のカンニングペーパ」が異様に充実しているというアンバランスな状態はどうしたものでしょうかね。。WP:NPOVも日本語版はそんな状況ですし。 --Tondenh会話2012年8月4日 (土) 14:18 (UTC)[返信]
コメントインデント戻しますね。えーと。だからさ、履歴をきれいにって思ってる意見があるならポインタ示してもらえますか。きれいに、というのが、「CCでもGFDLでも再利用者が合理的に帰属表示を得られる安定した状態」というのを意味するんなら、そういうことと受け取りますけれど。
CCには要約欄を使えとは書いていないですね。その通り。確かに、ぼくが要約欄を重視しているのは、GFDLの要件を、その程度は満たしておいたほうがいいと考えているから、というのがひとつあります。満たさなくてもいいかどうかの話は、いちおう棚上げしておきますが、「まったく満たさなくてもいい」という理由はまだ示されていないと認識しています。また、これから翻訳や分割や転記をするというなら、要約欄でリンクを選べばいいというのは、共通した認識になってきたようです。
では、CC-BY-SAを前提として、事後的に帰属表示の欠けを補おうとするときに、どこに、どう書いて、どう運用すればいいのか、という意見をいただけますでしょうか。
ノートや本文は、その後の改変に対して脆弱です。書いた時には帰属表示がなされていると受け取ることが可能なのだとしても(ぼくが無条件に「なされている」と考えているわけではないです。念のため)、さまざまな形に改変されたり、移動されたり、(別件でのものも含めて)削除することは想定したほうがいいでしょう。投稿者の権利を考えるならば、帰属表示は、将来にわたって確実にその表示を妥当な状態に保持するための対策が必要なはずです。ノートにリンクや全員の列挙によって帰属表示をした、その時点ではライセンスは守られていると考えるとしても、その後の改変によって帰属表示が合理的になされているといえなくなるようなことは起こりえます。ライセンス上、そのような改変は想定する必要がないとか、それは帰属表示が十分でなくても法的な懸念につながらない、という主張をされるのならば、それを説明していただければよいです。そうでないならば、初心者、悪意と技術のある荒らし、機械的な作業者やbotの編集などを含め、どの程度の安定性を確保できて、どの程度の労力を必要とするか。これまでRCをウォッチしていた人たちや削除審議や削除対処に参加している人たちに負担を転嫁しないか。GFDLでもノートを履歴ページに含めるということで合意をとって運用することはできたわけで、その上でどうするかの検討がなされたこともありますよ。
コメント続きではあります。前後しますが、流れ上ここに。ディー・エムさんやTondenhさんらは、十全に帰属表示を満たす「要約欄のリンク」以外の方法を模索されているようですが、Bugandhoneyさんの書き方は、次善策としての運用についての意見だと受け取りました。
履歴の問題は、「実際的な問題は起こさないにも関わらず」ではなくて、「まだ問題は起こっていないにもかかわらず」ですね。「起こさない」ではないはずです。言葉のあやかもしれませんが。過去にはウィキペディアを去るからといって投稿した部分の引き上げや削除をしようとした利用者もいましたし(ライセンスの撤回は受け入れられませんが、ライセンス違反の複製や改変は問題となりえます)。
「要約欄やノートを使って履歴が完全ではないことを注意喚起したり、履歴に表示されていない寄稿者をクレジットすることは、版指定削除などで履歴継承問題が完全に解決されるまでの次善の対応策をとる」のは、ひとつの方法なんですよ。それは今でもやったらいいと思います。たとえば翻訳のガイドラインにある直後の要約欄追記は、ガイドラインでも削除を必要とすると書いているはずですが、削除依頼に出されていないものは少なくないように思います。意識的に出していないのか、出すことを求められているに気付いていないのかはわかりませんが、それを逐一追いかけて削除依頼に出すようなことを、少なくとも、ぼくはやっていません。
それでもまあ、気付いたときに版指定削除すれば解決されるものを、自らの判断で「要約欄やノートを使って履歴が完全ではないことを注意喚起したり、履歴に表示されていない寄稿者をクレジットする」利用者があまりいなかった。そうした作業は、一定の知識が必要で、それなりに責任がかかって、面倒です。多くの利用者にとっては、削除依頼に出して、解決させてしまうほうが、簡単だろうとも思います。
翻訳や転記のちょっとしたミスは、すぐに追記すれば、たいてい深刻な問題にはならない。それを削除依頼で削除ってのは、確かに余計な労力という気もするけど、即時版指定扱い(サブページなし、二人目の管理者の確認なし)で運用できるなら、とは思う。初版での分割や翻訳なら、投稿者依頼で即時削除の上、再投稿という方法が選ばれることも多いようです。
古い版で継承されてないっぽいのを見つけたって時だと、翻訳や転記を見つけて/気付いて、元記事と最初に転記された版を特定して、その転記部分の創作性を評価して、という部分に労力がかかるんですね。次善策をとる上でも、これらは必要になります。最終的な削除にあたっては、これらの作業は必要だけど、わからなければわからないなりに削除依頼に出して、労力は審議に参加するみんなで、というふうにすることはできる。そんで、こうした作業に比べれば、削除手続きや削除作業の労力は、それほどではない。そこまでやったんなら、版指定削除して「完全に解決」するのを避けなくても、とは考えられる。ここでトレードオフの理由を持ち出すなら「差分が見れなくなること」とかで、そこは個別の案件ごとの、コミュニティの判断次第ですよね。削除依頼の審議で、まあいいんじゃないかって意見でまとまれば、存続にできなくはないっていう現行の運用が妥当だと思います。--Ks aka 98会話2012年8月5日 (日) 08:39 (UTC)[返信]
そもそもの話をしますと、英語版のWP:CWWでは、要約欄での抜け落ちがあった場合にはカラ編集などでの要約追記でよいとされていますが、しかし日本語版では、それに加えて特定版削除がやんごとなき事情によりSHOULDのような運用がなされています。その「やんごとなき事情」の経緯を考えたのですが、「米国法ではフェアユースがあるから特定版削除しなくとも法的懸念が生じない」と言う理由ではどうもしっくり来ません。自分の考えでは、他には「編集要約履歴をキレイに保ちたい」ぐらいの理由しか思いつかなかったのですが、そうだとするとそれをSHOULD化して、管理者による削除という多大な人的リソースをつぎ込むのもどうなのかな?と思います。「WP:CWW案件はWP:DELの対象外としよう」と提案しているのではないですよ、ただ、重要度はSHOULD(法的懸念)ではなく、MAY(対応を行うことができる)でいいのではないかな?と思います。--Tondenh会話2012年8月5日 (日) 10:14 (UTC)[返信]
「米国法ではフェアユースがあるから特定版削除しなくとも法的懸念が生じない」と言う理由に対して、それを否定することはできないけれども、Tondenhさんが「しっくりこない」から、「キレイに保ちたい」なのだと考えたんですね。それを、「かもしれない」とか「ということも考えられる」ではなく、あたかも「そうに決まっている」というような調子で書くことは慎んでいただきたいと思います。
そして、ライセンス違反となることは英語版の記述でも認められていて、日本の著作権法では法的懸念を避ける権利制限条項はなく、その他法的懸念を避ける根拠は提示できないにもかかわらず、Tondenhさんが「しっくりこない」から、そこに法的懸念を持たなくてもよく、懸念を口にすることは脅迫であって、懸念のないことを前提に議論を進めよう、という考えでしょうか。そのように考えられているのであれば、何を言っても無駄なのだと考えるしかありません。「しっくりこない」こと自体はわからないでもないですが、だから法的懸念を持たなくてもいいと考え、そして、法的な懸念を示すことを「脅し」とまでおっしゃるのであれば、対話の基礎が成り立たないとみなさざるを得ません。「要約欄以外の手法」で、要約欄以外の場所で帰属表示をすることは可能ですが、法的懸念が存在しないと合意がある、または合意が得られると考えられる手法をご存知でしたら、まずはそれを示していただけますでしょうか。
すでに書いたとおり、「キレイに保ちたい」からSHOULDにしようと考えたことはなく、日本語版では法的懸念が残っていると申し上げています。一方、すべてを削除で対応しなければならないと言った覚えはないです。ライセンス違反であることを承知の上で、削除しない場面があっても構わない。続けるとしたら、そういう議論でしょう。ただし、法的懸念は残っているので、削除したほうがよいもの、削除したほうが手っ取り早いものが多く、他の方法を制度として持ち込むならば、そのメリットとデメリットについて十分な検討が必要だろう、と。版指定削除以上の負担が、管理者とコミュニティにかかるようなものでは困るわけです。--Ks aka 98会話2012年8月5日 (日) 11:10 (UTC)[返信]
あー、なんとなく分かりました。「日本法にはフェアユースが無いので…」というレベルの話ではなくて、もしかして「米国法ではフェアユースがあるから特定版削除しなくとも法的懸念が生じない」というのは、英語版の人たちが勝手にそう考えているだけであって、本当にそれが通じるかどうかはあちら側でもあまり検証されていない?ので、そんな話に日本語版は乗るわけにはいかないぜ、みたいな話ですか? ということなら、賛否は置いておいて、仰有っていることの論点は掴めます。ただ、そういう部分まで心配するとなると、Wikipedia:著作権は根本からガラガラポンで見直さないといけないので、これを現実的なものに更新するのは本当に心が折れますねぇ…。--Tondenh会話2012年8月5日 (日) 12:52 (UTC)[返信]
その判断基準がつかめないのですが、ひょっとして、英語版で大丈夫だから日本語版でも大丈夫っていう前提でいこうという理屈ですか?--Ks aka 98会話2012年8月5日 (日) 13:24 (UTC)[返信]
はい、この流れは「米日のライセンス/契約の慣習や、フェアユース条項の有無という著作権法の違い」をfixできれば懸念は解消できるのでは、というお話に感じます。--Tondenh会話2012年8月5日 (日) 13:29 (UTC)[返信]
はい。そこをfixしてくれれば、結論がでるでしょう。ただし、繰り返しますが、ライセンス違反なら形式的に著作権侵害になるわけです。これは英語版でもそう認識されています。その上で、削除しないでもいいという仕組みを作るのなら、英語版で大丈夫だから日本語版でも大丈夫というのを前提として、日本語版では駄目だという理由を求めるのではなく、英語版では大丈夫な理屈を見出し、日本語版でも大丈夫だという理屈を見出す必要があると考えます。Tondenhさんは、英語版で大丈夫だから日本語版でも大丈夫というのを前提として、日本語版では駄目だという理由を求めているように思えます。--Ks aka 98会話2012年8月5日 (日) 13:43 (UTC)[返信]
GFDLでは「履歴セクションやページにこれこれの帰属表示を付けよ」という話になっています。一方、WP:C#投稿者の権利が限定される場合では、ウィキペディアの投稿者は、ウィキペディア内で履歴表示や著作者名表示が正確に行われない場合があることに同意したものとみなされますと記載されているので、履歴ページの投稿タイムスタンプと帰属表記が一致していないのは免責される(未来のタイプスタンプ投稿で追記してもよい)という事ではないでしょうか?(フェアユースが絡む話にはならないような)。なれば削除はSHOULDではないと考えます。--Tondenh会話2012年8月5日 (日) 13:41 (UTC)[返信]
ここでgfdlがでてくるのがなぜかはわかりませんし、WP:Cは日本語版で運用しているものですから、フェアユースは関係ないです。削除はSHOULDだといった覚えもないです。
WP:C#投稿者の権利が限定される場合で書かれていることを読んで、自分の帰属表示は未来のタイプスタンプ投稿で追記されていればそれでいいとウィキペディアの投稿者が同意しているのだと常識的に受け入れられるなら、それでいいんじゃないでしょうか。それは、ぼくやTondenhさんがそれでいいんじゃないかと言って決まるものではないですよね。正確にできる場合にも、正確に行われないままにしておいて、帰属表示がなされていることを同意していると読まない人もいると思いますし、追記が推奨されるとしても、それをもって帰属表示の瑕疵がないものとして扱われてもいいと読まない人もいると思いますけれど。まあ、ここらへんの文章自体は、特定版削除すら導入されていない頃からのものじゃないかなと思うので、導入時の意図は違うところにあったかと思います。--Ks aka 98会話2012年8月5日 (日) 14:10 (UTC)[返信]
法的懸念がある、というのは限りなく削除SHOULDと言っているのに近いと思いますが…。さておき、実体はそんなもんなんじゃないでしょうか。ライセンスについてこのへんまで考慮して削除の要不要を論じる人は一握りで、だいたいの人は日本語版のカンペ系のドキュメントに書いてあるから削除依頼、管理者もカンペに書いてあるから削除対応、難解なWP:Cはどれほど読まれているか怪しい物です。そういう具合で回ってきたって事なんじゃないでしょうか。--Tondenh会話2012年8月5日 (日) 15:09 (UTC)[返信]
法的懸念がある、というのは限りなく削除SHOULDと言っているというのは、思い込みでしょう。法的な懸念があるが、実質的に侵害の程度がじゅうぶん軽微であるとして存続というようなことは、ライセンス違反だけではなく、削除依頼での議論や対応ではありえるものですし、ぼくが参加する場面では、そういう主張や権限行使をすることもあります。ぼく以外で、そういう意見を述べられる方もいます(妥当な場合も、妥当でない場合も)。関係する井戸端の別の議論でも、削除しなくてもいいと書いたものもありますね。上のBugandhoneyさんの意見へのresは、法的な懸念は残るが、常に削除しなければならないわけではないという前提での話です。そして、裁判所の判決でもそのような言い方はされますよ。そういう話なら、英語版で通用していることをそのまま日本に持ち込めばいいのだから法的懸念はない、という無茶な意見よりは、どこかに落としどころを見出せるかも知れませんね(ぼくは見つけられていませんが)。
ところで、「実態はそんなもん」というのは、どんなものを指しているのでしょうか。それから、「カンペ系のドキュメント」ってのはどの文書なんですかね? なかなか、ぼくからの問いかけには答えていただけないようですが。--Ks aka 98会話2012年8月5日 (日) 18:49 (UTC)[返信]
キモは「版指定削除によってWP:CWWのライセンス違反が解消できる」という部分の論になってくるのではないでしょうか。版指定削除ではタイムスタンプを指定しての投稿はできないので(常に現在時刻が埋め込まれる)「投稿タイムスタンプの不一致」は実質的に解消されていないと思うのですが、これこそがウィキペディア内で履歴表示や著作者名表示が正確に行われない場合があることに同意したものとみなされますを援用して、「履歴ページにおいての投稿タイムスタンプの不一致までは、ライセンス違反としない」という運用がなされている事ではないのでしょうか。
版指定削除というのは、記事の内容閲覧を阻止するだけであって履歴ページの記述は編集できないシステムなので、編集要約のメンテに使う手段としてはどうして導入されたのかな?と思います。タイムスタンプの不一致をライセンス問題にするなら、要約をも消し去る特定版削除で対応する必要があるのかなと。(外部著作物が投稿された場合であればリバート&版指定削除、という手法は正しいと思いますけど)WP:CWW案件をカラ編集&版指定削除で対応するようになった経緯は、どうしてなんでしょうね。--Tondenh会話2012年8月6日 (月) 03:02 (UTC)[返信]


(インデント戻し)では、GDFL 4. I "Preserve the section Entitled "History", Preserve its Title, and add to it an item stating at least the title, year, new authors, and publisher of the Modified Version as given on the Title Page. If there is no section Entitled "History" in the Document, create one stating the title, year, authors, and publisher of the Document as given on its Title Page, then add an item describing the Modified Version as stated in the previous sentence. " に関し、履歴の継承以外に本議論において例示されている方法が、この条項を十全に遵守できる方法であるか、ご見解を伺いたい。--ジャコウネズミ会話2012年8月5日 (日) 11:12 (UTC)[返信]

誰に聞いているのですか?--Ks aka 98会話2012年8月5日 (日) 12:10 (UTC)[返信]
Tondenh様、Ks aka 98様及び本井戸端をご覧になっている各位にお伺いしております。わたしが読解する限りにおいて、既に"history"即ち「履歴」があるものを複製又は改変する場合においては、履歴の継承以外にこの条項を遵守できる有効な手立てが無いように思えたのですが、これだけ各人が筆を重ねるからには、わたしの読解に何がしかの誤謬があるものと思われます。お手数ですが、お手解きのほどよろしくお願い申し上げます。--ジャコウネズミ会話2012年8月5日 (日) 13:04 (UTC)[返信]
コメントご指名の両者以外の議論参加者ですが、ご質問の件について。
過去の投稿テキストを含め、現在のウィキペディアの文書はCC-BY-SAでライセンスされており、ウィキペディア内ではGFDLのライセンシーが存在せずGFDL許諾契約は発効していないので法的な意味でのGFDLの遵守義務は伴っていませんが(wmf:Terms of Use/ja#7. コンテンツの利用許諾 d, i項)、あくまでGFDL利用者の利便性に配慮するための検討事項という趣旨でよろしいでしょうか?そう理解した上で、以下、ご質問について簡単に説明します。
2009年6月15日以降に投稿された版について
同期日のライセンス更新後の記事更新は、前版までの各投稿者と次版の投稿者との多対1(CC-BY-SA4のa・7のb・8のa・8のb)のCC-BY-SA許諾契約にもとづいて記事更新が行われており、それに付随して各自の投稿テキストが別個にGFDLで許諾されている形です(でないと履歴継承以前に利用許諾a項で"unversioned"の許諾もできません)。つまり、各投稿テキスト(各版の差分テキスト)をGFDLで利用する際に継承義務を伴う履歴は基本的に1人(投稿者本人)のみなので、GFDLで利用する際にも各記事の履歴ページはGFDL1.3 第4条の遵守義務を伴いません(GFDL1.3 第5条に基づき、各版の投稿テキストとその著作者名を版単位で自由に組み合わせて再統合することが可能です)。
2009年6月15日以前に投稿された版について
ライセンス更新前の記事更新は、前版の投稿者と次版の投稿者との1対1(Wikipedia:著作権#寄稿者の権利と義務)のGFDL許諾契約にもとづいて記事更新が行われていたので、当該の投稿テキストを含んだ文書をGFDLで複製(加筆・改変の場合はCC-BY-SAの一択)する際には各記事の履歴ページにGFDL4条の遵守義務が伴うと考えられます。
そんな感じです。--ディー・エム会話2012年8月5日 (日) 15:36 (UTC)[返信]
ジャコウネズミさんの先の問いは、ここまでの議論から、ちょっと外れています。GFDL4-Iについて、ここではほとんど議論されていませんし、GFDL違反は問わないという意見があり、ぼくも、いったんそれに合わせてGFDLについては考慮していない方向で話を進めています。ですから、要約欄での元記事へのリンクおよび列記による帰属表示以外の「履歴の継承」として、GFDLでの履歴の保存がなされている例として示されている方法ってのは、ないんじゃないかな。
ということで、なぜ、「各人が筆を重ねる」ことになっているかという説明をすることにします。今の話題は、CC-BY-SAでの帰属表示を、要約欄でのリンクまたは列記以外に、ライセンス違反にならないようにする方法はあるのか、というところだと認識しています。ただ、そこで、現状認識や論点がかみ合ってないので、多くの文字を費やすことになっているのだと思われます。
論点のひとつは、ライセンス違反が見つかったときに、削除をしなくてもいい程度に、帰属表示を後付で行うことができるのか、ということと思われます。「削除をしなくてもいい程度に」という部分で、ぼくは、削除しなくてもいい理由が必要だと考え、Tondenh さんは英語版がそうなのだからそれでいいと考えているようです。また、CC-BY-SAで考えるなら、利用規約上は、要約欄以外でいいのだけれど、どこでどうすればいいか、という話には進んでいません。こうすれば大丈夫、という方法は、示されていませんし、ぼくは今のところ思いつきません。
GFDLのほうについて言えば、ディー・エムさんの考えは、これまでのウィキペディア日本語版でのデュアルライセンスの受け取り方や、GFDLの理解と異なるところがありますし(Wikipedia:井戸端/subj/「GFDL違反」という表現の使用についてが参考になるかもしれません)、ぼく個人の解釈・理解とも異なるところがあります。考えが異なるのは、それはそれでしょうがないですし、ぼくのほうが正しいというつもりもないのですが、「説明」として述べられるほど一般的かというと、違うんじゃないかなと思いました。こういうふうに、互いに当たり前と思っているところがすれ違っていると、「各人が筆を重ねる」ことになってしまう。ここで、ぼくの理解を書き始めると、それなりの分量を費やさなければなりませんから。--Ks aka 98会話2012年8月5日 (日) 17:12 (UTC)[返信]
ただ純粋に先入観無しで各編集者が今の利用規約を読んで普通に理解すれば齟齬が生まれる余地がないと思っていますし、現に齟齬が生じているとしたら原因はライセンスや規約類の客観的分析・解釈から生じているのではなく、読む側の主観による抗弁としか考えられません。少なくとも今まではそういう状況でした。--ディー・エム会話2012年8月5日 (日) 23:13 (UTC)[返信]
ありがとうございます。CC BY-SA と GFDL との二重ライセンスが and でなく or であるという論旨(「利用規約」7.aでは「or」と読める一方、編集画面の注意喚起文においては、日本語版では「および」、英語版では「and」になっています)、CC BY-SA 優先であるという論旨(「利用規約」7.d が根拠か)については、ご教示頂いた「Wikipedia:井戸端/subj/「GFDL違反」という表現の使用について」と「利用規約」を読みこなしてみます。--ジャコウネズミ会話2012年8月6日 (月) 01:47 (UTC)[返信]
デュアルライセンスについては、移行時の以下の文書が役に立つでしょう。meta:Licensing update/ja,meta:Licensing update/Questions and Answers/ja#GFDLをCC-BY-SAに置き換えるのですか?,meta:Licensing update/Questions and Answers/ja#Dual licensing, [Foundation-l] GFDL 1.3 Release. Nov 3 23:21:13 UTC 2008. Erik Moeller[5]--Ks aka 98会話2012年8月6日 (月) 03:22 (UTC)[返信]
意識的に出していないのか、出すことを求められているに気付いていないのかはわかりませんが、それを逐一追いかけて削除依頼に出すようなことを、少なくとも、ぼくはやっていませんというKs aka 98さんのコメントは、大方のウィキペディア編集者の気分を反映しているのでは。我々は実際的なリスクがどれくらいあるのか見積もって、それを低減するための手間がどれくらいかかるのか考慮して、実際にアクションを起こすかどうかを決めるわけであって。英語版は単にそういう気分として共有されていることを明文化しているだけだと思いますけど。英語版の方針が対象としているのはウィキペディア内のコピペであって、外部のノンフリーな著作物がクレジットなしでコピペされていても「削除しなくてよい」とはならんですよ。リスクがはっきりと違いますので。日米の著作権法の違いは多分関係ないと思います。
en:Wikipedia:Copying within Wikipedia#Wikipedia:Copying within Wikipediaは、そういう、ライセンス上の問題を見つけたけど緊急性があるとも思われない案件に対する手引きなのでは。日本語版にもあってもいいと思いますけど。{{Copied}}を貼り付けるのもいいし、英語版にあるようなen:Template:CWWen:Template:CWW-multiを整備してもいいし。とりあえず、問題を見つけたけど直そうとしています、という姿勢を示すことは大事だと思いますし、ライセンスの精神にとって一番大事なのはオリジナルの寄稿者をクレジットする、ということなので。--Bugandhoney会話2012年8月6日 (月) 18:41 (UTC)[返信]
たとえば、要約欄に記載不備があったので削除依頼に出されたが、記事のノートには転記元の執筆者一覧があったとしましょう。これはどうみても利用規約の7を満たしているので、「法的な懸念」はないし、削除の必要はないでしょう。ノートは記事本体ほどには他人の編集を改変することは自由ではないですし(要約欄ほどではないにせよ)、ライセンスの要件を満たすために必要な措置だという理解が浸透していれば、勝手に削除するような無茶な人は出てこないでしょう。要約欄での内部リンクにしても転記元記事が削除されれば履歴をたどれなくなるわけで、法的な懸念(将来的に違法な状態となること)はゼロとはいえないです。むしろ、要約欄やノートで執筆者を列記することのほうがその記事とともに帰属表示し続けることができるので好ましいといえるかもしれないです。どういう方式を採用するにせよ、法的な懸念をゼロにすることはできないです。ウィキペディアは参加者の自発性と善意に依拠したシステムなのであって、記事間のコピペを自動的・専門的に見張る仕組みはないですから。いつだってライセンスの問題は、気付いた人ができる範囲で対処しているだけなので。--Bugandhoney会話2012年8月6日 (月) 21:18 (UTC)[返信]
んー。ぼくは自分でやらかしたなら削除依頼に出します。当事者じゃないし、めんどくさいし、ほかにやったほうがよさそうなことがあるからいちいち「探す」のはやらないだけで。やらかした人が放置しても大丈夫だと考えるんなら、それはそれで尊重したいところもあるかな。でも探すことに自分の労力をかけるモチベーションがある人がいるなら、やればいいと思う。みんなで放置しましょうとは言うつもりはない。ぼくはそれを明文化する気分ではないです。みんなはどうなのか、わかりません。明文化する気分なら、明文化されているでしょうし、明文化されていないのなら、そういう気分ではないんじゃないでしょうか。
まずはひとつ確認なんですが、ノートに帰属表示を書いた場合、それが最新版になかったら、どう考えますか。最新版になければならないとするか、ノートに帰属表示のありかを明記してあればよしとするか、最新版から直接過去ログとして明記されているリンク先に帰属表示があればよしとするか、過去の版のいずれかに帰属表示があればよしとするか、それとも、特段の措置をしなくともノートから除去されることはありえないと考えているのか。--Ks aka 98会話2012年8月7日 (火) 15:55 (UTC)[返信]
自分で気付いて自分で直そうという人はたぶんノートは使わないんじゃないかと思います。どちらかというと他人の要約欄記載不備に気付いたけど、細かく履歴を追跡したり削除依頼に出すほどの気力はない、という人向けではないですかね。たとえば、「削除依頼に出すほどではない」とガイドラインに書いてあったとして、それでも削除依頼に出そうとすることを妨げないような表現にする必要はあると思います。
帰属表示はノートの最新版になかったらまずいでしょう。基本的には「特段の措置をしなくともノートから除去されることはありえない」ですね。あまり編集されてないので必ずしも的確な例ではないですけど、WP:AGFは要約欄記載不備の翻訳記事ですけど、ノートの帰属表示は6年間保たれています。ウィキペディアって基本的に善意に依存してますよね。今でさえ、記事間のコピペはライセンスの要件を知った上で行う必要がありますが、多分知っててやってくれてるだろうとか、知らない人には知ってる人が教えてくれるだろうって想定してますよね。ただし、ノートに関する文書群には注意書きが必要だとも思います。「帰属表示は過去ログ化がしたらだめ」とか。ノートに帰属表示する場合はそれを取り除かないようにお願いするメッセージも残せとか。--Bugandhoney会話2012年8月7日 (火) 21:55 (UTC)[返信]

GFDL時代の指示文章の廃止[編集]

提案 Wikipedia‐ノート:ウィキペディア内でのコピー#「ウィキペディア内別文書からの複製・改変」セクション廃止提案 を提出しました。--Tondenh会話2012年8月8日 (水) 06:54 (UTC)[返信]

CCってGFDLのような特殊用語(非透過的複製物とか)は少ないし、要求事項の細部まで指示されておらずシンプル、解釈を巡って法律家の助けをあまり必要としない、とても軽量な緩いライセンスですよね。jawpの先人は、過去にGFDL導入調整のためWikipedia‐ノート:著作権にて試行錯誤・七転八倒の苦しみを経たようですけど、CCになったのでこのあたりは楽になりました。そういうことなので、ライセンスに合わせて運用も合わせて軽量化していいのではないかと感じます。--Tondenh会話2012年8月12日 (日) 16:11 (UTC)[返信]

西方氏不在の状況下における本件の処理について[編集]

利用者:西方会話 / 投稿記録氏のJAWP最後の編集から1年が経過しました。西方氏不在でも、特定版削除依頼等、諸項目のライセンス表示の適正化を図るべきと考えますが、皆様のご見解を伺います。--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録) 2013年9月1日 (日) 01:57 (UTC) 報告 Wikipedia:削除依頼/ウイグル関連項目(審議期間:2013年9月1日 (日) 03:39 (UTC) - 2014年5月18日 (日) 13:39 (UTC))にて全存続となり、善後策として履歴補遺を致しました。--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録2014年5月18日 (日) 22:07 (UTC)[返信]