NFWO

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
ロゴマーク
FNRS-1のゴンドラ
ツーロンで保存されるFNRS III.

NFWOオランダ語: Nationaal Fonds voor Wetenschappelijk Onderzoek)とはベルギー政府が設立した、科学研究を支援する協会である。フランス語名はFNRS(Fonds national de la recherche scientifique)。いずれも「国立科学研究基金」の意。英訳名National Fund for Scientific Research (NFSR)。 今日ではフランドルのFonds Wetenschappelijk Onderzoek (FWO)とフランス語圏のFonds National de la Recherche Scientifique (FNRS)の2つの団体に分かれている。

FWOとFNRSの役目は、自然科学の全分野における新知識を発達を促進する事である。その手段として、優れた科学者やプロジェクトへの財政的な援助を行なう(それは大学間の競争や外国の専門家の評価に基づいて行なわれる)。援助の基準は、分野を問わず、科学者やプロジェクトの研究の質で決められる。

歴史[編集]

NFWO/FNRSは1928年6月2日、科学研究の拡充を目指すアルベール1世国王の要請により設立された。当初はエミール・フランキ(Emile Francqui)が指揮を取った。

この協会は、ベルギー初の科学研究基金であった。その初期の活動としては、オーギュスト・ピカール教授への資金援助が挙げられる。ピカールの有人成層圏探査気球FNRS-1号は、到達高度の世界記録を樹立した。同協会はFNRS-2号(こちらは世界初のバチスカーフである)の建造にも関わっている。

FNRS-1[編集]

FNRS-1オーギュスト・ピカールの開発した気球である。1931年5月27日宇宙線オゾンを研究するために、自らが設計した水素気球に乗ってドイツのアウクスブルク上空16,000 mの成層圏に達した。これは世界初の気球による成層圏到達であり、ピカールはこの業績によりハーモン・トロフィーを獲得した。この気球は直径30mと大型のもので、地上と上空の気圧の差を巧みに利用したものであった。

1932年8月18日にはFNRS-1で自らの高度記録を更新している。彼はその後も気球に乗り続け、計27回の浮上の最高記録は23,000mであった。

FNRS-2[編集]

その後、ピカールは気球の原理を応用した深々度潜水艇バチスカーフを建造している。 FNRS-2オーギュスト・ピカールによって気球の原理を応用て開発された最初の深々度潜水艇(バチスカーフ)である。作業が開始されたのは1937年だったが第二次世界大戦によって中断された。1948年に完成した。このバチスカーフは出資したベルギーの財団であるFNRSにちなんで命名された。FNRSはピカールが開発した高高度記録を樹立した気球であるFNRS-1にも出資していた。FNRS-2は潜水において潜水球のようにケーブルを必要とせず深度記録を樹立した。後に更に改良されたトリエステ号が開発された。

FNRS-2はFNRSの資金が少なくなったのでフランス海軍に売却された。フランスで改造されFNRS-3になった。1954年2月にGeorges Houot (パイロット) と Pierre Willm (技術者)はダカール沖160マイルの大西洋で深度4050mに到達した。1953年のピカールによる900mの記録を破った。[1][2][3][4]

脚注[編集]