辻源太郎
表示
つじ げんたろう 辻 源太郎 | |
---|---|
生誕 |
1921年6月18日 滋賀県彦根市 |
死没 | 2019年9月23日(98歳没) |
国籍 | 日本 |
出身校 | 神戸経済大学(現神戸大学)卒業 |
職業 | 実業家 |
親戚 | 辻博文(長男) |
辻 源太郎(つじ げんたろう、1921年6月18日 - 2019年9月23日)は、日本の実業家。勲等は勲二等。
トヨタ自動車工業株式会社専務、トヨタ自動車株式会社副社長、トヨタ自動車株式会社副会長、国際デジタル通信株式会社会長、株式会社豊田自動織機製作所会長などを歴任した。
来歴
生い立ち
滋賀県彦根市出身[1][2]。1946年に神戸経済大学(現神戸大学)卒業。
実業家として
大学卒業後、トヨタ自動車工業に入社し、大学の先輩にあたる花井正八に師事[3]。1972年楠兼敬とともに取締役に昇格。1978年常務取締役。1980年専務取締役。1982年副社長[4][3]。1985年藍綬褒章受章[5]。1986年から副会長として円高緊急対策委員長を務め、円高への対応などにあたった[3][6]。1987年から1999年まで国際デジタル通信会長[3]。1988年にトヨタ自動車副会長を退任し[4]、同年から1993年まで豊田自動織機製作所会長[3]。1988年から1990年まで豊田法人会会長[7]。1992年勲二等瑞宝章受章[5]。2019年老衰のため死去。
家族・親族
トヨタエルアンドエフ東京代表取締役社長を務めた辻博文は長男[8][9]。
略歴
- 1921年 - 誕生。
- 1946年 - 神戸経済大学卒業。
- 1978年 - トヨタ自動車工業常務。
- 1980年 - トヨタ自動車工業専務。
- 1982年 - トヨタ自動車副社長[4]。
- 1986年 - トヨタ自動車副会長[3]。
- 1987年 - 国際デジタル通信会長[3]。
- 1988年 - 豊田自動織機製作所会長[3]。
- 1988年 - 豊田法人会会長。
- 2019年 - 死去。
栄典
脚注
- ^ 辻源太郎さん死去 98歳、トヨタ元副会長中日新聞2019/09/25一面
- ^ 辻源太郎氏死去元トヨタ自動車副会長佐賀新聞9/25 16:50
- ^ a b c d e f g h 辻・トヨタ元副会長死去 円高下、危機回避を先導日本経済新聞2019年9月25日 17:51
- ^ a b c 「歴代役員任期一覧(2012年6月時点)」トヨタ自動車
- ^ a b c d 歴代役員 歴代の会長・副会長・社長(含 受章歴)トヨタ自動車75年史
- ^ 所:『創造限りなく トヨタ自動車50年史』1987年 834頁
- ^ 《歴代の税務署長・法人会会長・広報担当副会長・広報委員長豊田法人会
- ^ 辻源太郎氏が死去 元トヨタ自動車副会長日本経済新聞2019/9/25 10:53
- ^ 「訃報辻源太郎氏(元トヨタ自動車副会長、元豊田自動織機製作所会長)」SankeiBiz2019.9.26 05:00
非営利団体 | ||
---|---|---|
先代 花井正八 |
豊田法人会会長 1988年 - 1990年 |
次代 岩崎正視 |