コンテンツにスキップ

勝匡昭

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。Shirusu.txt (会話 | 投稿記録) による 2023年4月27日 (木) 13:32個人設定で未設定ならUTC)時点の版 (訃報を記事に反映など)であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

勝 匡昭(かつ まさあき、1934年10月29日[1] - 2023年4月26日)は、日本の経営者和歌山県出身[1]

経歴

1957年京都大学工学部を卒業し、同年に日本レイヨン(のちのユニチカ)に入社[1]

1984年6月に取締役に就任し、常務、専務を経て、1996年6月に社長に就任した[1]。社長在任時には、天然繊維・化合繊事業の大半を分社化し、本体をフィルム、スパンポンドなどを柱とする非繊維会社に舵を切った[2]2000年4月に会長に就任し、2002年6月から相談役を務めた[1]

2023年4月26日、病気のため死去[3]。88歳没。

脚注

  1. ^ a b c d e 人事興信所 2009, か107頁.
  2. ^ 2000年 3月30日 日本経済新聞 夕刊 p3
  3. ^ “勝匡昭氏が死去 元ユニチカ社長”. 日本経済新聞. (2023年4月27日). https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF27AOU0X20C23A4000000/ 2023年4月27日閲覧。 

参考文献

  • 人事興信所 編『人事興信録 第45版 上』人事興信所、2009年。 
先代
田口圭太
ユニチカ社長
1996年 - 2000年
次代
平井雅英