土屋重信
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時代 | 戦国時代後期 |
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生誕 | 天文13年(1544年)[1] |
死没 | 元亀元年6月28日(1570年8月9日)[1] |
別名 | 甚七郎、甚助[1] |
戒名 | 祐光[1] |
主君 | 徳川家康 |
氏族 | 土屋氏[1] |
父母 | 父:土屋重治[1] |
兄弟 | 重信、重利、重成[2] |
子 | 島田利秀の妻[2] |
土屋 重信(つちや しげのぶ)[注釈 1]は、戦国時代の武将。三河国本郷の人。
生涯
[編集]父の重治とともに徳川家康に仕える。永禄7年(1564年)三河一向一揆との戦いで父が戦死。元亀元年(1570年)姉川の戦いで戦死した。家督は弟の重利が継いだものの天正3年(1575年)小山城攻めで戦没したため、重信の娘婿である島田氏[注釈 2]に養育された重利の子・利清が継いだ[4]。
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ a b c d e f g h 『寛政重修諸家譜』9, p. 228.
- ^ a b 『寛政重修諸家譜』9, pp. 228–229.
- ^ 『寛政重修諸家譜』5, pp. 193–194.
- ^ 『寛政重修諸家譜』9, p. 229.
参考文献
[編集]- 岡崎市役所 編『岡崎市史』 1巻、名著出版、1972年。
- 『寛政重修諸家譜』 5巻、高柳光寿(監修)、続群書類従完成会、1964年。ISBN 978-4-7971-0209-3。
- 『寛政重修諸家譜』 9巻、高柳光寿(監修)、続群書類従完成会、1965年。ISBN 978-4-7971-0213-0。