コンテンツにスキップ

リー・トロッター積公式

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

2023年2月4日 (土) 22:36; Ktns (会話 | 投稿記録) による版 (関連項目: 鈴木=トロッター分解)(日時は個人設定で未設定ならUTC

(差分) ← 古い版 | 最新版 (差分) | 新しい版 → (差分)

数学において、ソフス・リー (Sophus Lie, 1875) にちなんで名づけられたリーの積公式 (: Lie product formula) は、任意のあるいは複素正方行列 A, B に対して、

が成り立つという定理である。ここで eAA行列指数関数を表す。リー・トロッターの積公式 (Lie–Trotter product formula) (Trotter 1959) およびトロッター・加藤の定理 (Trotter–Kato theorem) (Kato 1978) はこれをある種の非有界線型作用素 A, B に拡張する。

定理

[編集]

A, B を同じ次数の任意の実または複素正方行列n自然数とするとき、次の式が成立する。

ここで eA行列指数関数による A の像であり、次の式により定義される。

ただし、A0 = I単位行列)である。

また、行列 Aノルムは次で定義するものとし、収束はこのノルムによることを意味するものとする。

ただし、|aij|A(i, j) 成分の絶対値、dim AA の次元である。係数 は 単位行列 I のノルムを 1 にするためのものであり、この係数を省いた定義を用いる文献もある(この係数が無くても、以下の論議で問題は発生しない)。

リー・トロッター積公式は、通常の指数関数における次の規則の拡張である。

この式は、x, y が任意の実数または複素数の場合に成立する。x, y を行列 A, B で置き変え、指数関数を行列指数関数で置き変えると、この規則が成立するためには、一般に AB可換である必要がある。しかし、リー・トロッター積公式は、AB が可換でなくても一般に成立する。

この公式は、ベイカー・キャンベル・ハウスドルフの公式英語版の自明な系である。

より一般的には、A, B を行列に限定せず、任意のノルム空間 V 上の有限なノルムを持つ線形作用素としても、この公式は成立する。ただし、上記の行列についてのノルムは、次で定義されるノルム空間 V 上の線形作用素 A のノルム ||A|| に置き換えるものとする。

この定義では、ノルム空間 V 上の恒等写像 I のノルムは 1 である。

証明

[編集]

特に複素正方行列の場合について証明する。以下の証明は (窪田 2008, pp. 34–36) による。次の補題を用いる。

補題

A, B を同じ次数の任意の複素正方行列とすると、次の関係が成り立つ[1]

ただし、ランダウの記号(ただし、行列値に拡張している)である。

補題の証明は省略する。

補題から n を自然数として任意の行列 A, B に対して次の式が成り立つ。

従って、

となるから、

が成り立つ。

応用

[編集]

この公式は、量子力学における経路積分において応用されており、この公式によってシュレーディンガー時間推進作用素 (そのジェネレーターがハミルトニアンである) を、運動エネルギー作用素 (の時間積分断片)とポテンシャルエネルギー作用素 (の時間積分断片) の交互の積の列に分離することが可能になっている[2]。同様のアイデアは微分方程式数値解法における分割法 (離散化) を構築する上でも使われている。

脚注

[編集]

参考文献

[編集]
  • 伊勢幹夫、竹内勝『Lie 群 I』岩波書店〈岩波講座 基礎数学〉、1977年。 
  • 大貫, 義郎、柏, 太郎、鈴木, 増雄『経路積分の方法』岩波書店〈現代物理学叢書〉、2000年。 
  • 小林, 俊行、大島, 利雄『リー群と表現論』岩波書店、2005年。ISBN 4-00-006142-9 
  • 窪田, 高弘『物理のためのリー群とリー代数』サイエンス社〈臨時別冊・数理科学 SGCライブラリ〉、2008年。 
  • Sophus Lie and Friedrich Engel (1888, 1890, 1893). Theorie der Transformationsgruppen (1st edition, Leipzig; 2nd edition, AMS Chelsea Publishing, 1970) ISBN 0828402329
  • Albeverio, Sergio A.; Høegh-Krohn, Raphael J. (1976), Mathematical Theory of Feynman Path Integrals: An Introduction, Lecture Notes in Mathematics, 423 (1st ed.), Berlin, New York: Springer-Verlag, doi:10.1007/BFb0079827, ISBN 978-3-540-07785-5 .
  • Hall, Brian C. (2003), Lie groups, Lie algebras, and representations: an elementary introduction, Springer, ISBN 978-0-387-40122-5 , pp. 35.
  • Hazewinkel, Michiel, ed. (2001), “Trotter product formula”, Encyclopedia of Mathematics, Springer, ISBN 978-1-55608-010-4, https://www.encyclopediaofmath.org/index.php?title=Trotter_product_formula 
  • Kato, Tosio (1978), “Trotter's product formula for an arbitrary pair of self-adjoint contraction semigroups”, Topics in functional analysis (essays dedicated to M. G. Kreĭn on the occasion of his 70th birthday), Adv. in Math. Suppl. Stud., 3, Boston, MA: Academic Press, pp. 185–195, MR538020 
  • Trotter, H. F. (1959), “On the product of semi-groups of operators”, Proceedings of the American Mathematical Society 10 (4): 545–551, doi:10.2307/2033649, ISSN 0002-9939, JSTOR 2033649, MR0108732, https://jstor.org/stable/2033649 
  • Varadarajan, V.S. (1984), Lie Groups, Lie Algebras, and Their Representations, Springer-Verlag, ISBN 978-0-387-90969-1 , pp. 99.
  • Suzuki, Masuo (1976). “Generalized Trotter's formula and systematic approximants of exponential operators and inner derivations with applications to many-body problems”. Comm. Math. Phys. 51: 183–190. doi:10.1007/bf01609348. 

関連項目

[編集]