鳥居前古墳

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鳥居前古墳
所在地 京都府乙訓郡大山崎町円明寺
形状 帆立貝形古墳
規模 墳丘長51m 
築造年代 4世紀末頃から5世紀初頭
埋葬施設 竪穴式石室
出土品 画文帯神獣鏡片 勾玉 巴形銅器
指定文化財 国の史跡「鳥居前古墳」
(「乙訓古墳群」に包含)
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鳥居前古墳(とりいまえこふん)は京都府乙訓郡大山崎町に所在する帆立貝形古墳。国の史跡に指定されている(史跡「乙訓古墳群」のうち)。

1967年に分布調査により発見され、京都府と大阪大学により前後3回発掘調査が行なわれている。

概要[編集]

鳥居前古墳は、天下分け目の戦いで有名な天王山の北側の麓、標高97メートルの丘陵上にある。1967年に京都府教育委員会による分布調査により存在が明らかになり、1969年に後円部の竪穴式石室と墳丘の1部が発掘調査されている。当初は、全長70メートルの前方後円墳と推定されたが、その後の調査により、帆立貝形古墳に訂正されている。

埋葬主体と副葬品[編集]

後円部に竪穴式石室が1基あり、石室の主軸は墳丘主軸に斜交する。規模は、墓壙が9.0×4.4メートル。石室は長さ6.5メートル、西端幅1.2メートル、東端幅0.77メートルを測る。石室の上部の石と天井石は既に失われていた。石室内には長さ5.3メートルの割竹形木棺があったと推定される。木棺を置いた粘土棺床内からは勾玉2、管玉23、鉄刀8、短剣21、短刀9、巴形銅器2が出土している。短剣、短刀は鞘、茎などの木質部が良く残っていた。それ以外の石室床面から鉄剣1、鉄鏃7、巴形銅器6、短甲片、小札3、刀子3が、また石室内の攪乱土から画文帯帯神獣鏡などの破片3、勾玉1、管玉5、刀剣・鉄鏃・短甲・鉄斧・刀子などの破片が出土している。

墳丘[編集]

墳丘全体は竹林であったので著しく改変されており、測量調査などにより前方後円墳と推定されたものの、その後の大阪大学による墳丘の発掘調査によって、帆立貝形古墳と判断されている。墳丘は3段に築成されており、規模は全長51メートル、後円部径38.4メートル、前方部長12.5メートル、前方部幅推定31メートル、後円部高さ6.5メートル以上と推定される。墳丘表面には葺石で覆っていた形跡があるが、原位置を保つものは少なかった。葺石の石材は古墳から500メートル程度内の河床や崖から採取されたものと推定される。墳丘の各段には円筒埴輪列をめぐらしていた形跡があり、円筒埴輪以外には壷形埴輪や蓋形埴輪が出土している。なかでも蓋形埴輪は前後3回の調査で7個体出土している。

築造時期[編集]

以上などのことから、都出比呂志は当古墳の築造時期を西暦400年前後と推定している。

文化財[編集]

国の史跡[編集]

  • 鳥居前古墳(史跡「乙訓古墳群」のうち)
    平成28年3月1日、既指定の史跡「天皇の杜古墳」・「恵解山古墳」・「寺戸大塚古墳」の3ヶ所に鳥居前古墳など8基を追加指定、「乙訓古墳群」に名称変更[1]

参考文献[編集]

都出比呂志他 『鳥居前古墳 -総括編-』 大阪大学考古学研究室 1990年

脚注[編集]

  1. ^ 平成28年3月1日文部科学省告示第31号。

外部リンク[編集]