風間眞一

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風間 眞一(かざま しんいち、1927年(昭和2年)10月5日 - 2010年(平成22年)11月21日[1])は、日本実業家銀行家。金屋会長、克念社、鶴岡学園各理事長、荘内銀行相談役等を歴任した。

人物・来歴[編集]

庄内地方においては本間家に次ぎ、鶴岡においては最大の地主であった風間家に生まれ、荘内銀行第三代頭取を務めた父である幸右衛門(嘉一郎)が急逝したことに伴い家督を継いだ。

東大法学部を卒業後荘銀に入行。以降、常務取締役総務部長等を歴任。1986年(昭和61年)には常勤役員を退任し[2]、家業経営に専念した。

退任後には、風間グループ企業の経営指導に取り組んだほか、6年間にわたり鶴岡商工会議所会頭を務め鶴岡市や、庄内地方の振興と発展にも力を尽した。

略歴[編集]

  • 1947年(昭和22年) - 学習院高等科文科丙類卒業[3]
  • 1949年(昭和24年) - 財団法人克念社理事長。
  • 1954年(昭和29年) - 東京大学法学部政治学科卒業後、荘内銀行入行。取締役。
  • 1963年(昭和38年) - 金屋興業会長。
  • 1968年(昭和43年) - 荘内銀行取締役事務集中室長委嘱。
  • 1970年(昭和45年) - 同常務取締役事務集中室長委嘱、学校法人鶴岡学園理事長。
  • 1974年(昭和49年) - 同常務取締役検査部長委嘱。
  • 1980年(昭和55年) - 同常務取締役総務部長委嘱。
  • 1981年(昭和56年) - 同常務取締役。
  • 1985年(昭和60年) - 同常務取締役、エス・ワイコンピューターサービス社長。
  • 1986年(昭和61年) - 同非常勤監査役。
  • 1987年(昭和62年) - 荘内ハウジング社長。
  • 1991年(平成3年) - 鶴岡商工会議所会頭。
  • 2002年(平成14年) - 羽前絹練社長。
  • 2008年(平成20年) - 金屋会長、荘内銀行相談役。
  • 2010年(平成22年)

脚注[編集]

  1. ^ “風間真一氏死去 元荘内銀行常務”. 47NEWS. 共同通信. (2010年11月26日). http://www.47news.jp/CN/201011/CN2010112601000951.html 2013年9月15日閲覧。 
  2. ^ 『日本金融名鑑(上) 2000年版』 日本金融通信社、 1999年。
  3. ^ 興信データ株式會社 編 『人事興信録』 興信データ、 2009年。

外部リンク[編集]