雲竜辰五郎

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雲竜辰五郎(うんりゅうたつごろう、1880年3月-1919年12月30日[1])は、追手風部屋高砂部屋草風部屋(京都相撲)、藤島部屋、再度追手風部屋に所属した元力士。7代千賀ノ浦。本名は野宮辰五郎。青森県つがる市出身。165cm、98kg。最高位は東前頭7枚目。

経歴[編集]

1900年1月初土俵を踏むが、三段目の時に脱走、大坂相撲、京都相撲に在籍した。1909年6月の三都合併相撲で好成績を残し、1910年6月東上して幕内格付出で入幕した。1916年1月に引退して千賀ノ浦を襲名したが早世した。

成績[編集]

  • 幕内7場所25勝28敗6休11分預
  • 優勝旗手1回(1911年春場所)

改名[編集]

朝日山→朝日竜→今錦→小錦→雲竜 [2]

出典 [編集]

  1. ^ http://www.fsinet.or.jp/~sumo/profile/1/19100604.htm
  2. ^ 大相撲力士名鑑平成13年版、水野尚文、京須利敏、共同通信社、2000年、ISBN 978-4764104709