雨宮清

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雨宮 清(あめみや きよし、1947年3月7日- )は、山梨県生まれの実業家。株式会社 日建・代表取締役会長。

来歴[編集]

山梨県生まれ。 1961年、加納岩中学を卒業、東京の「鉄道車両」に入社。大型クレーン車整備の仕事に就く。 1970年、23歳で郷里に戻り、車両整備会社、峡東車両工業所を設立。 1980年、日立建機の特販店、指定工場となり、山梨日立建機株式会社を経て、2013年6月1日より株式会社 日建に社名変更した。現在、社員86名で建設機械を扱っている。

1994年、神はカンボジアで出逢った老婆と少女を一国の救世主として私に引き合わせたのだと今になって思う。商用でカンボジアを訪れたとき、膝から下を無くした老婆と幼い少女に首都プノンペンのセントラルマーケットで出逢った。「この国を助けてください。」老婆のこの言葉が対人地雷除去機開発のきっかけである。 一瞬にして手足を吹き飛ばされ、全身に火傷を負った幼いわが子を抱きしめる親の姿に胸を抉られる。大事な家族や夢は跡形もなくなる。こんな地雷が世界120 カ国に1 億個も埋められているのだ。帰国後、最初の課題は社員たちの同意を得ることでした。社長が急に本業以外のことをするといえば、「会社は大丈夫?」と心配になるのは当然のこと。私は、地雷除去機の製作はお金儲けのために取り組むのもではなく、地雷におびえて暮らす人々に、我々日本人と同じように安心して生活ができる環境を取り戻すために行うんだということを何度も説明しました。その結果、全社員からのど同意が得られ、社内に6名からなる地雷除去機開発プロジェクトを結成した。それから何度もカンボジアを訪れ、地雷の種類や埋設状況など地雷原の様子を調べるために山奥に入ると地雷で苦しむ現地の人々と生活を共にすることになった。200を超える地雷の種類と農民や子どもを狙う残忍な仕組み、岩、竹、樹木や石などに囲まれた地雷原の環境は様々で地雷を手作業で除去している彼らは年間20人以上も死傷していることを聞いて憤りはおさまらなかった。 1995年に開発を開始し1998年に1号機が完成した。国内では経済産業省、外務省、防衛省の協力で陸上自衛隊青森下北実験場青森自衛隊試験場で耐爆試験し、その後カンボジア、アフガニスタンで地雷除去機の試験、耐爆性、安全性試験を繰り返した。一貫してそれぞれの地雷埋設国の地雷除去に対応した機材の開発、現地の除去員の側に立った開発の姿勢を崩さなかった。1000度にもなる爆発温度や衝撃、密林、岩や石に対応した耐久性を備えたカッター刃の開発はこれまでにない形状や金属配合によらなければならず1号機の完成に5年もかかった。こうして開発した対人地雷除去機は現在、カンボジア、アフガニスタン、ニカラグア、ベトナム、アンゴラ、コロンビア、モザンビーク、ラオス、イラクの世界11カ国で137台以上が稼動している。爆破による故障で動いていない機械は一台もなく、怪我を負ったり亡くなった除去員は一人もいない。研究開発に深夜休日を問わず携わった技術員が「モノづくり」の姿勢として「常に使う人の側に立って」、技と巧みにより成しえたものであり、自慢の社員たちである。私の座右の銘「技術者はモノづくりの挑戦者であり、技術の根源はモノづくり、人づくりにある」は今や社風となって「モノづくり」に君臨している。地雷汚染地域が肥沃な大地に蘇り、お米や野菜、果物が実る田畑で汗をぬぐう家族の幸せそうな姿、それらを売って家族の衣服や薬も買えて、子供たちは学校に通え、彼らは平和で安心して暮らせる日々を手に入れた。これが私の夢だった。国際貢献の意味を実感する至福のときだ。ここ数年、企業を含め小中高・大学を中心に北海道から九州、沖縄まで講演に力を入れ、年間60~80回を数える。地雷原に暮らす人々は貧しいが家族や友達の絆、命の大切さを知っている。そういう姿、地雷原に暮らす人々の生き様を日本の子供たちに伝えたい。 地雷は、世界約120カ国に約1 億個も埋設されていると言われている。世界の60%が地雷埋設国ということになる。戦争や内戦が終結して60年以上も経った今も行き続けている地雷。手足が吹き飛ばされ全身に火傷を負ったわが子を抱きしめる親の姿は言葉にならない。手作業で地雷を除去している除去員の死傷の数も毎年20 名を下らない。そんな地雷被害国を蘇らせたい。地雷を取り除いて平和を取り戻し、豊かで肥沃な大地を取り戻すため1995 年から対人地雷除去機の開発に取り組んできて20年以上が経ち、この間、地雷を直接除去するアタッチメントは油圧ショベル式対人地雷除去機ロータリーカッタタイプ及びプッシュ式対人地雷除去機フレールタイプを含め8機種を開発した。生活を脅かし復興の妨げになっている地雷を取り除き、緑豊かな大地に復興する取り組みと対人地雷除去機の開発など、モノづくりを通してカンボジア、アンゴラなどの地雷被害国と日本の子供達の国際交流、国際貢献を行ってきた。地雷原が緑の大地に変わっていく。子供たちの笑い声が大地に溢れる。世界の地雷原が自然なプロローグ大地に変わっていく姿にその国の人々と喜びを分ち合うとき、何物にも替え難い幸せを感じる。これからも豊かで平和な大地への復興を目指して邁進していきたいと思う。

受賞[編集]

  • 2001年11月27日(財)ソロプチミスト財団より『千嘉代子賞』を受賞
  • 2001年5月26日(社)日本善行会 会長 鈴木俊一より国際交流、国際貢献の分野で表彰を受賞
  • 2003年6月22日 国際連合UNMAPAより技術、部品提供に関する貢献の表彰を受賞
  • 2004年9月24日(財)山人会より『第18回 前田晃 文化賞』を受賞
  • 2005年6月24日 カンボジア王国より人道支援、機材供与に対する表彰を受賞
  • 2006年2月7日 (財)日本フィランソロピー協会より 

           『第3回日本フィランソロピー大賞特別賞地球共生賞』を受賞

  • 2007年4月11日 講談社より『吉川英治文化賞』を受賞
  • 2007年4月23日 『国際UNIVERSAL Design優秀賞』を受賞
  • 2007年9月24日 国連開発計画(UNDP)DEVNET協会より『国連開発DEVENET賞』を受賞
  • 2007年9月27日 日立製作所より『第5回Inspiration of the Year賞』を受賞
  • 2007年11月13日 社会貢献支援財団より『社会貢献賞』を受賞
  • 2008年10月23日 朝日新聞社より『朝日企業市民賞』を受賞
  • 2009年7月10日 経済産業省より『モノづくり日本大賞 経済産業大臣 優秀賞』を受賞
  • 2009年9月4日 特定非営利活動法人SIJより『ソーシャルビジネス賞 最優秀賞』を受賞
  • 2009年10月5日 日刊工業新聞社より『超モノづくり部品大賞 機械部品賞』を受賞
  • 2009年10月7日 日経ビジネス社より『ビジネスイノベーター大賞』を受賞
  • 2011年10月27日 読売新聞グループより『第18回 読売国際協力賞 特別賞』を受賞
  • 2011年11月20日 山梨県知事より『山梨県功績者 特別感謝状』を受賞
  • 2015年8月27日 外務省より『平成27年度外務大臣表彰』を受賞
  • 2017年9月6日 カンボジア王国グラントクロア勲章受章
  • 2018年4月29日 旭日双光章受章

【テレビ番組】

  • NHK『地雷除去に挑む』、『アフガニスタンに平和な大地を』
  • NHKワールドサイエンスビュー『J-Innovator Landmine Clearance Machine』
  • テレビ朝日『アフガニスタン地雷との戦い』
  • BS朝日『菅原明子の地球大好き未来便』
  • CNBC『世界の地雷原に挑戦ーカンボジア』
  • ニカラグア放送テレビ『ニカラグア地雷除去活動』
  • TBS『夢の扉』
  • 日本テレビ『笑ってこらえて「世界で活躍する日本人」』
  • BS日テレ『財部誠一のTBL特集「地雷と戦うニッポンの技術力」』
  • フジテレビ『ベストハウス123・・・「世界の救世主と言われる日本人」』
  • コロンビア国営放送『日本からの地雷除去機』
  • テレビ東京『ガイアの夜明け』、『カンブリア宮殿』、『世界を変える100人の日本人』、『戦士の逸品』
  • BBC(BBCワールド)『匠 J-Innovators Landmine Clearing Machine』
  • NHKインターナショナル『BEGIN Japanology』他

【ラジオ番組】

  • 文化放送『サヘル・ガーデン』
  • 山梨放送『Global Thinking Radio Bar』
  • 東京FM『フロンティアーズ 明日への挑戦』、『命がけで地雷除去する男をリサーチせよ』
  • NHK『NHKラジオ高校講座「政治・経済」』
  • ニッポン放送『菅原文太 日本人の底力』他

外部リンク[編集]