長谷川宗広

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長谷川 宗広(はせがわ むねひろ、生没年不詳)とは江戸時代大坂浮世絵師

来歴[編集]

初代長谷川貞信の門人かといわれる。大坂の人。長谷川氏、宗広と号して嘉永1年(1848年)から慶応年間に主に中判の役者絵を描いている。

作品[編集]

  • 「喜平治・三枡大五郎 木村治郎左衛門・片岡我童」 中判2枚続 嘉永2年9月筑後芝居『仮名手本忠臣蔵』より
  • 「戻り馬八蔵・三世嵐吉三郎 馬士江戸平・二世尾上多見蔵 奴逸平・二世嵐璃珏」 中判3枚続 安政4年8月『千金手綱恋染込』より
  • 「僧正遍昭・実川延三郎 文屋康秀・喜撰法師・小野小町・坂東彦三郎 大伴黒主・嵐吉三郎 在原業平・嵐鱗子」 中判3枚続 万延1年3月中座『六歌仙体綵』より

参考文献[編集]

関連項目[編集]