金沢師管区

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金沢師管区(かなざわしかんく)は、大日本帝国陸軍師管区の一つ。第52師団の管轄区域であり、石川富山長野三県に相当する地域である。第二次世界大戦末期の1945年昭和20年)には第52師団の管轄から切り離され金沢師管区司令部が設けられた。

沿革[編集]

第52師団創設以前は、石川・富山・福井三県が第9師団の管轄区域、即ち第九師管区であったが、1940年(昭和15年)8月から第9師団は満州に永久駐屯することになり、代替として同年7月10日に石川・富山・長野三県を徴兵区とする常設師団として第52師団が設けられ、同年8月1日から師管区の呼び方がそれまでの師団の名称ではなく地名を用いるようになり、金沢師管区と呼ばれ金沢連隊区富山連隊区長野連隊区を管掌した[1](福井県は第53師団の管轄となった)。

昭和20年(1945年)以前の内地に於ける軍政は常設師団の管掌事項であり、第52師団が金沢師管区内にある金沢・富山・長野の連隊区司令部を管掌し、新師団設置の業務・教育・あるいは補充などを担当していた。そのため有事の際などで師団が外地に出征した場合留守師団が置かれ留守師団長が補されていた。

金沢師管区司令部[編集]

第二次世界大戦末期の1945年(昭和20年)には本土決戦が必至の状況となり常設師団が管掌していた補充業務などの軍政を切り離し師管区司令部が設けられることとなった。同年4月1日に留守第52師団司令部を金沢師管区司令部と改称、金沢師管区司令部が金沢および富山の連隊区司令部と地区司令部を管掌し、名古屋師管区司令部と共に第13方面軍司令部(司令官岡田資中将)が兼ねた東海軍管区司令部に隷属した。なお、長野県には長野師管区司令部が設けられ東部軍管区司令部の管轄となった。

師管区司令官
  • 藤田進 予備役中将:1945年(昭和20年)4月1日 -

最終所属部隊[編集]

連隊区司令部(兼地区司令部)
  • 金沢連隊区司令官:越生虎之助 予備役中将(陸士22期)
  • 富山連隊区司令官:森田範正 予備役少将(陸士24期)
補充隊
  • 金沢歩兵第1補充隊:松山達 大佐(陸士29期)
  • 金沢歩兵第2補充隊:田村旻 大佐(陸士27期)
  • 金沢砲兵補充隊:菅実 大佐(陸士27期)
  • 金沢工兵補充隊:大島幸作 中佐
  • 金沢輜重兵補充隊:平木秀次郎 大佐(陸士26期)
陸軍病院
  • 金沢第2陸軍病院:中嶋英太郎 軍医中佐
  • 富山陸軍病院:長瀬徳次郎 軍医中佐

脚注[編集]

  1. ^ 陸軍管区表(昭和15年7月24日軍令陸第20号)