諏訪純人

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諏訪 純人(すわ まこと、1934年(昭和9年)4月2日 - 2011年(平成23年)3月2日)は、日本の銀行家。元秋田銀行頭取。

来歴・人物[編集]

秋田県鹿角市出身。慶大卒後、秋田銀行入行。

営業、企画、人事と幅広く経験。東北の金融界においても顔が広く行動派と目されていた[1]

1997年(平成9年)、頭取就任。2期4年の在任中は、1999年(平成11年)の創業120周年、新店頭体制への移行や共同バックアップセンターの設置また、融資パソコンシステムの導入やエリア営業体制の試行のほか、本部にIT戦略室を設置。次世代への布石を打った[2][3]

2001年(平成13年)には相談役に退き、秋田経済研究所理事長に就任した。

2011年(平成23年)3月2日、肺がんのため死去。76歳没[4]

略歴[編集]

  • 1959年(昭和34年)、慶應義塾大学経済学部卒業後、秋田銀行入行。
    • 以降、大町、郡山東京各支店長等を歴任する。
  • 1987年(昭和62年)、取締役本店営業部長委嘱。
  • 1989年(平成元年)、取締役総合企画部長兼広報室長委嘱。
  • 1991年(平成3年)、常務取締役就任。
  • 1994年(平成6年)、専務取締役就任。
  • 1997年(平成9年)、頭取就任。
  • 2001年(平成13年)、相談役、秋田経済研究所理事長就任。
  • 2004年(平成16年)、相談役退任。
  • 2007年(平成19年)、秋田経済研究所理事長退任。同研究所の非常勤顧問就任。
  • 2011年(平成23年)、逝去。

脚注[編集]

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  1. ^ 『ニッキン縮刷版 34版 1997年』日本金融通信社、 1998年
  2. ^ 『ニッキン縮刷版 38版 2001年』日本金融通信社、 2001年
  3. ^ 日経金融新聞 2001年5月30日
  4. ^ “諏訪純人・元秋田銀行頭取が死去”. 日本経済新聞. (2011年3月2日). http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG0203K_S1A300C1CC1000/ 2013年9月30日閲覧。