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脚色家

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

脚色家(きゃくしょくか)は、小説や舞台劇、漫画など原作のある作品がドラマ化映画化の際にシナリオの脚色・シリーズ構成を担当する者。

脚本家を指すために使われることがあるが、必ずしも一般的な単語ではない。

概要[編集]

特に英語で言うAdapterは作品を翻案 (adapt) する人間を指していうものであり、決して脚本家を指すScreenwriterと職業として区別されているわけではない。日本国外において、脚色家か脚本家とは別の職業として扱われているなどと、誤った理解が一部メディアで報じられているがこれは事実ではない(当記事の英語版が存在しない事実を重く見るべきである)。[要出典]

ではAdapterがどのような意味を持つかといえば、例えばOxford dictionaryを引けばわかるように、文字通り、劇や映画以外のものを脚本の形に翻案する人間を指す[1]。そもそもこの用法が掲載されていない辞書も多い。また、多くの用例を見ればわかるように、Adapterとは原作付きの作品の制作に関与することを指しており、Screenwriterと区別して記載されているという認識は完全に誤りである。例えば、New York Times紙の記事における用法を見ても、”writer and adapter”という記載があったとして、これは文章を書く人間(writer)であり、かつ原作付きの作品をそのメディアに合うように適合(adapt)させる(ために脚本を書く、あるいは修正する)人間(adapter)であったと述べているにすぎない[2]

特に職業上分離されているという主張が正しいとすると、労働者組合も当然に分離されているべきであるが、オリジナルであろうが原作付きであろうが当然彼らは全米脚本家組合に所属することとなり、職業上なんの区別もないということは明らかである。[要出典]

また、脚本家の三谷幸喜は、セクシー田中さんの原作者である芦原妃名子の急死を受けて、脚本家は原作者の思いや世界観を可能な限り脚本に落とし込まなければならないが、そうした脚色は非常に難しい作業であり、原作者、プロデューサー、脚本家は心を一つにして作品を作っていかなければならないと述べている[3]

すなわち、脚色は脚本家が行う業務に含まれるものであり、オリジナルの脚本を書くものだけが脚本家などという言説は、脚色を行う脚本家の職務は卑賤なものであると職業差別を行っていると考えざるを得ないであろう。[要出典]

脚本と脚色の区別[編集]

アカデミー脚色賞[編集]

有名な賞として、アカデミー賞で1927年の第一回から、小説など原作を脚色した作品に授与されるアカデミー脚色賞(Academy Award for Writing Adapted Screenplay)がある。賞である。

過去の映画の続編リメイク作品もこの部門の対象である。逆にオリジナル脚本にはアカデミー脚本賞と分けられているが、これは部門として分けているものであって、職業として分かれていることを示唆するものではないことに注意されたい。[要出典]

脚注[編集]

注釈[編集]

出典[編集]