竹斎

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竹斎』(ちくさい)は、江戸時代初期の仮名草子。作者は医師の富山道冶(とみやま どうや)である。

概説[編集]

作者富山道冶・(生年不詳-寛永11年(1634年))は、伊勢国松坂の商家の出身で京都の名医曲直瀬玄朔について医学を修めた。本作品は、元和7年(1621年)頃の成立と推定されている。藪医竹斎を主人公にした遍歴体の小説で作者の世相観察と竹斎の馬鹿げた医療を施す部分、そして名所案内の部分がうまく絡み合った構成となっている。当時の滑稽文学の常套手段として狂歌を随所に挿入している。

研究によれば、竹斎のモデルは師の曲直瀬玄朔であり、諸処からの批判を憚ってカモフラージュとして施された、慶長の頃を匂わせるなどの仕掛けが随所に見られる[1]

構成[編集]

原典の構成は、上下2巻。五部構成。 初版の元和古活字本に対し、寛永製版本は京見物の後に「播磨侍の切腹未遂騒動」という長編エピソードが増補されるなど、改訂がなされている[1]

  • 京見物
    • 京都の藪医者が食い詰めて諸国を遍歴し住み良いところを探すことにする。その前に京の名所の見収め。
  • 名古屋までの道中
    • 家来の、にらみの介との道中の様子と世相批判。
  • 名古屋での治療
    • 滑稽な治療と患者とのやり取り。曲直瀬流医術のパロディとなっている。
  • 江戸への道中
    • 東海道中記
  • 江戸見物
    • 江戸城と徳川氏の治世について。徳川の世を祝いで物語は終わる。

影響と価値[編集]

藪医者竹斎のキャラクターは、以後の種々の藪医者物の嚆矢となった。また、東海道中名所記の出現に影響を与えている。世相については、好色僧侶批判や見かけばかりで実力の当てにならぬ医師の氾濫など、当時の世相に対する批判も垣間見える。  

脚注[編集]

  1. ^ a b 松本健『仮名草子の<物語>:『竹斎』『浮世物語』論』青山社、2012年、第2刷、ISBN 9784883592777、第二章

参考図書[編集]

  • 抄訳「仮名草子集・下」朝日新聞社・1962年