磐城徳枩

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磐城 徳枩(ばんじょう とくまつ、1912年3月25日 - 1942年6月2日)は昭和時代の大相撲力士二十山部屋所属。本名は小野徳松。最高位は十両2枚目。

経歴[編集]

宮城県亘理郡亘理町出身。二十山部屋に入門し、1929年1月、「小ノヶ嶽」(後、小野ヶ嶽)の四股名で初土俵を踏む。2m近い体格で早くから有望視された。1932年5月十両昇進。6場所連続十両の地位にあったが、1935年1月幕下に落ちた。翌5月に十両に復帰、四股名も「磐城」に改めた。十両は4場所いたが、1938年1月再び幕下に落ち、「春風」と改名。その後は幕下の地位にあった。1942年1月に廃業し、同年6月に満30歳で死去した。

改名[編集]

小ノヶ嶽→小野ヶ嶽→磐城→春風

参考文献[編集]

小池謙二『大相撲星取大鑑』昭和編第1巻、医聖社、1986年

関連項目[編集]