石川城

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
logo
石川城
青森県
別名 大仏ヶ鼻城
城郭構造 山城
天守構造 なし
築城主 曽我道性
築城年 建武元年(4・1334)
主な改修者 不明
主な城主 曾我氏・石川南部氏
廃城年 慶長16年(1611)
遺構 郭・堀・土塁
指定文化財 なし

石川城(いしかわじょう)は青森県弘前市に築かれていた日本の城。 別名、大仏ヶ鼻城。周辺の館とあわせて石川十三楯(大仏ヶ鼻城、岡館、猿楽館、月館、坊館、八幡館、寺館、高田館、茂兵衛殿館、寺山館、孫兵衛館、小山館、新館)と呼ばれ、この13の城館の総称として石川城といわれた。

歴史[編集]

津軽曽我宗家である平賀の曽我道性により建武元年(1334年)に築城されたと伝わる。曽我氏はその後南部氏に制圧され、天文2年(1533年石川高信が石川城を居城としていた。だが元亀2年(1571年)5月5日未明、大浦為信(後の津軽為信)の急襲を受けて落城、石川高信は自害した。その後石川城は津軽氏の所有となり、津軽家臣である板垣将兼が守った。慶長16年(1611年)、弘前城築城に際し石川城は廃城となった。

関連項目[編集]