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石山永一郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
いしやま えいいちろう

石山 永一郎
生誕 (1957-07-01) 1957年7月1日(67歳)
国籍 日本の旗 日本
出身校 慶應義塾大学
職業 ジャーナリスト
受賞 平和・協同ジャーナリスト基金奨励賞(2011年)
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石山 永一郎(いしやま えいいちろう、1957年 - )は、日本のジャーナリスト。元共同通信社マニラ支局長。

略歴

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慶應義塾大学文学部卒。1982年、共同通信社入社。宇都宮支局、名古屋支社編集部、外信部、マニラ支局長、ワシントン特派員、編集委員などを経て2017年に退職。17年9月から邦字紙「日刊まにら新聞」編集長を務めた後、アジア専門季刊誌「リアルアジア」編集長。

2022年11月より公益財団法人新聞通信調査会の月刊誌「メディア展望」[1]編集長。

祖父・石山龍児は日本の俳優。父・石山陽は元福岡高検検事長。

受賞

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  • 2011年 - 沖縄報道で平和・協同ジャーナリスト基金奨励賞[2]

著作

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著書・編著

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  • 『フィリピン出稼ぎ労働者』(1989年、柘植書房)
  • 『マニラ発ニッポン物語』(1996年、共同通信社)
  • 『彼らは戦場に行った――ルポ新・戦争と平和』(編著、2009年、共同通信社)
  • 『アジア・ルポルタージュ紀行』(2014年、柘植書房新社)
  • 『日本語で読むフィリピン憲法』(訳・解説、2021年、柘植書房新社)
  • ドゥテルテ――強権大統領はいかに国を変えたか』(2022年、角川新書

共著

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  • (あるすの会編)『ラパーン事件の告発――闘ったフィリピン女性たち』(1990年、柘植書房)
  • (共同通信社編)『生の時 死の時』(1997年、共同通信社)※97年度日本新聞協会賞受賞作品
  • (共同通信社ペルー特別取材班編)『ペルー日本大使公邸人質事件』(1997年、共同通信社)
  • 筑紫哲也責任編集)『職業としてのジャーナリスト ジャーナリズムの条件1』(2005年、岩波書店
  • 前泊博盛編著、明田川融矢部宏治)『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』(2013年、創元社
  • (共同通信編集委員室、沼田清)『写真で見る 日めくり日米開戦・終戦』(2017年、文藝春秋
  • 下川裕治責任編集)『日本の外からコロナを語る――海外で暮らす日本人が見た コロナと共存する世界各国の今』(2020年、メディアパル)

脚注

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  1. ^ メディア展望 | 公益財団法人新聞通信調査会”. 2022年12月11日閲覧。
  2. ^ 平和・協同ジャーナリスト基金賞 歴代の受賞者と受賞作品・活動”. www.pcjf.net. 平和協同ジャーナリスト基金. 2022年12月23日閲覧。