知礼
表示
知礼 | |
---|---|
建隆元年 - 天聖6年1月5日 (960年 - 1028年2月3日) | |
諡号 | 法智大師 |
尊称 | 四明尊者、四明大法師 |
生地 | 明州 |
宗派 | 天台宗山家派 |
寺院 | 乾符寺、延慶寺 |
師 | 義通 |
弟子 | 尚賢、本如 |
著作 | 『十義書』・『観心二百問』 |
知礼(ちれい)は、中国北宋代の天台宗山家派の僧。四明智礼(しめい ちれい)と呼ばれ、四明尊者、四明大法師とも尊称される。天台宗の第14祖に擬せられている。
生涯
[編集]俗姓は金氏。字は約言、法智大師と諡された。明州の出身。
7歳の時に出家し、20歳で義通に入門して天台教学を修学した。最初は乾符寺に住し、その後、四明の延慶寺(保恩院)に変わった。講述を専らにして、山外派に属する智円や慶昭らと、その宗学や法系上の相違により対立し、盛んに宗学上の論争を繰り広げた。結果的に、分裂し混乱の極みにあった天台宗門の正灯を保持し、中興と称された。
その門下からは、尚賢・本如・梵臻らの僧が出て、各々が一派をなした。
著書
[編集]- 『十義書』
- 『観心二百問』
- 『観無量寿経疏妙宗鈔』
- 『金光明玄義拾遺記』
- 『観音義疏記』
ほか。
伝記資料
[編集]- 『仏祖統紀』巻8など
参考文献
[編集]- 宮澤勘次『四明知礼 : 観経疏妙宗鈔の研究』 立正大学〈博士 (文学) 甲第9号〉、1995年。doi:10.11501/3099803。 NAID 500000117365 。
- 池田魯參「四明知禮の生涯と著述」『東洋文化研究所紀要』第100巻、東京大学東洋文化研究所、1986年3月、195-247頁、doi:10.15083/00027230、ISSN 05638089、NAID 120000872665。
- 安藤俊雄「恵心僧都と四明知礼(上) -- 趙宋期における日中天台の交流 --」『佛教学セミナー』第8巻、大谷大学佛教学会、1968年10月、1-16頁、CRID 1050282813476849536、ISSN 0287-1556。
- 安藤俊雄「恵心僧都と四明知礼(下) -- 趙宋期における日中天台の交流 --」『佛教学セミナー』第9巻、大谷大学佛教学会、1969年5月、15-24頁、CRID 1050001338500136576、ISSN 0287-1556。
師:義通 | 天台宗(中国) | 弟子:尚賢、本如 |