田垣内友吉

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田垣内友吉
生誕 (1894-02-11) 1894年2月11日
三重県南牟婁郡五郷村
死没 1931年10月4日(1931-10-04)(37歳)
国籍 日本の旗 日本
著名な実績 洋画家
影響を与えた
芸術家
中川一政
田垣内友吉 20歳頃(1914年/大正3年)

田垣内 友吉(たがいと ともきち、1894年(明治27年)2月11日 - 1931年(昭和6年)10月4日)は三重県生まれの洋画家である。雅号は愛耕と名乗った。

年表[編集]

1894年(明治27年)2月11日の紀元節の日に三重県南牟婁郡五郷村(現熊野市五郷町)に生まれる。父は五郷郵便局長の田垣内粂吉、母はけい。

1924年(大正13年)4月、五郷の旧家山東家の長女光恵と婚姻する。1925年(大正14年)東京に上京し、洋画家中川一政に師事する。この頃中川一政に師事をしていた堀内唯生と出会う。1926年(大正15年)に中川一政より油彩(夏の橋)など二点譲り受ける1927年(昭和2年)に第五回春陽会展に五郷桃崎の景と初秋の郊外が入選。1929年(昭和4年)に第七回春陽会に春が入選する。洋画家の古賀春江が春を「田垣内友吉の春は穏健でよい」と評する。

1931年(昭和6年)10月4日、肺結核にかかり37歳の生涯を閉じる。

関連項目[編集]

  • 熊野石蔵美術館(熊野市にある個人美術館。田垣内友吉の作品のほか、中川一政の作品や民具などを収蔵展示)

参考文献[編集]

  • 写実と空想 古賀春江著
  • 友吉画文集 
  • 春陽会第五回展覧会出品目録
  • 春陽会第七回展覧会出品目録